16.宿題残り一つ
――まだ見ておるのか?
お骨さまと遊んでる竜さまがこっちを振り向く。
「見てます」
――うむ。
竜さまはまたお骨さまに顔を向けて、前肢でひっかく仕種をする。お骨さまはひょいひょいっと後ずさって、次の瞬間には躍りあがって飛びかかる。じゃれ合う二人の足の間を機敏に駆け抜けてるのは、ントゥとペロ。二人とも急な方向転換がとっても上手い。
私は砂絵板を前にして、竜さまの姿をじーっと眺めてる。
しばらくして、また竜さまがこっちを見た。
――エーヴェ、まだ見ておるか?
「見まーす!」
竜さまは耳をぴるぴるっとふるわせる。
お骨さまが竜さまの首に首を乗っけてこっちを見た。
――エーヴェは一緒に遊ばぬのか?
「……あ! そっか。エーヴェはりゅーさまをどんなふうに描けば良いのか考えてます!」
――ふむ。エーヴェは働いておるのか。
「はい。きっと、そう」
竜さまは、さっきから私がじっとして一緒に遊ばないのを気にしてくれてたんだ。
「エーヴェ、帆にかっこいいりゅーさま描きたいです! だから今ちょっと考えます!」
納得したように、竜さまはお骨さまとの遊びに戻った。
昨日からずっと、染める図案を考えてる。ニーノが空気の膜を作るには、細い線を残すより大きな面を残すほうがやりやすい。だから、スタンプみたいなイメージで、竜さまを図案にしたい。
それから、帆が三角形なのでそれに収まる形。きれいな三角じゃなくて、三十度、六十度の三角定規に近いから、どうするか迷ってる。
やっぱり顔は上に来てほしい。羽も広げてほしい。で、かっこいいのがいい。
砂の上に指で線を引いては消して、消しては引く。
むー……なかなか決まらない。
ぅわんっ!
ントゥの声がして顔を上げる。お骨さまの頭の上に鳥が止まったのに怒って、地面で吠えてる。業を煮やして、お骨さまを登り始めた。
――ントゥ、大丈夫じゃ。ちょっと休憩に来たのじゃ。
お骨さまは鳥を脅かさないように動きを止めてる。さえずってた小鳥はントゥに追われて飛び立ち、竜さまの角に止まった。
ひよひよひよ――とぉるっとぉるっひーよっよっ
ントゥの威嚇が届かない場所で歌い上げてる。
――良い声なのじゃ。
――うむ。
金の目を細めてた竜さまが、後ろ肢で立ち上がった。羽をすぼめて、ゆったりと柔らかな歌があふれ出す。
クウォー――ンコォー――
お骨さまが口を半開きで、動きを止めてる。
初めて竜さまの歌を聞くのかも。
――すごいのじゃ、友! 友はいろいろできるのじゃ。
歌が終わるやいなや、ひょいひょい竜さまの周りを駆けめぐる。竜さまはずん、と前肢を地面に戻して、鼻が高い。
やっぱりお骨さまに誉められるのは、特別嬉しいのかもしれない。
……これだ!
竜さまが歌ってる姿! 三角形にきれいに収まって、羽も広げてて、かっこいい!
砂絵板でごしごし形を描いて、納得する。
砂絵を壊さないように、注意深く邸まで歩いた。いつもはすぐなのに、緊張してるからとっても遠い。
食堂のテーブルに砂絵板を安置して、ニーノにもらった紙と付けペンを取りに行く。砂絵板と見比べながら、慎重に書き写した。うまく写せた絵の前で、乾くまで待つ。指でそっと触って墨がつかないのを確めて、紙を持ってニーノの部屋に走った。
「ニーノ!」
扉の前で叫ぶと、しばらくして冷たい目のニーノが出てくる。
「見てみて! これどうですか?」
有無を言わせず、卒業証書のように手渡すと、ニーノは黙って絵を眺めた。
「――少し待て」
絵を返して、ニーノは部屋に戻り、しばらくして出てくる。そのまま、食堂に向かった。テーブルについたから、私も椅子に座る。
「ここの線をもう少し太くして、ここを簡単に」
「……おお!」
一緒に図案を考えてくれるのか。
二人であれこれ変えたり戻したりして、小さい布で実際に染めてみては、また図案を修正する。
何しろ竜さまの絵だから、私もだけど、ニーノは一切妥協しない。
線を引くための布を引っ張る装置を作り、下書き用の炭も用意してくれた。大きな帆だから、細い線なら遠くから見ても分からない。
「なんだこれ! いーなー!」
へとへとで帰ってきたシステーナが試作した布を見て、顔を輝かせた。
「これ、竜さまだろ? すげえな! 色なのに、竜さまだって分かるぜ!」
――これは絵なのじゃ! 山なのじゃ! 山がわしより小さいのじゃ! ぽはっ!
お屑さまのほうが分かってる。そういえば、システーナも絵は見たことがないのかな。
「それ、練習です。システーナにあげます」
「ホントかー!」
システーナが大喜びで跳ねたから、天井に頭を打ってすごい音がした。
「ぐぁあああ……」
――シスー! 迂闊なのじゃ!
「わー! シスー!!」
「何をしている」
眉をひそめたニーノが天井を見上げてから、システーナの側に膝をつく。
「ニーノ、今、天井心配しました」
「当然だ。システーナは何度も天井を突き破った」
「なんと」
今回は突き破らなかったから、まだマシだったのか。
ニーノに診てもらった後は、お屑さまに怒られながら、システーナはにこにこ顔で竜さまの布をひらひらさせてた。
七日以上かけての準備のすえ、本番に挑む。
まずは、大きな帆を森の中の広場に運んだ。準備しておいた布を張る装置にセットしていく。ピンと張った後は、粉でマス目を引く。糸に粉をまぶしてまっすぐに張り、糸をぴんっと弾くとまっすぐ粉が落ちる。この粉は、洗ったら簡単に落ちるから大丈夫。この作業までシステーナが手伝ってくれたけど、それでも午前中いっぱいかかった。
お昼ご飯を食べて、船の現場に戻るシステーナを見送って、今度は私の出番。
はだしで帆布の上に乗る。しっかり張ってるから、思いのほか安定してる。浮いてる感覚が面白くて走り回りたいけど、我慢。
側に置いた元の絵にもマス目が描かれてる。この小さなマスの絵を一つずつ大きなマスに写せば、うまいこと大きな絵ができあがる……予定。
細い炭を使って、慎重に絵を写していく。私が引いた線の周りを、ニーノが蝋の線で囲む。
「そろそろ休め」
ときどきニーノが声をかけてくれた。そんなときは布の上でひっくり返って休憩する。
高い木の向こうに流れる雲が目に飛び込んできた。
青い空。青い竜さま。
あの空にこの帆が広がったら、きっととてもいい気持ちだ。
「続けるか?」
「はい!」
何度か休憩して、終わる頃には夕焼けの色で帆が赤く染まってた。
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