15.宿題ふたつ
いろんな青が風にはためく。
三回染めた物、四回染めた物、五回染めて六回洗った物、染めた回数と洗った回数で色が違う。前に差し出した両手の先も、青く染まってる。
「すごいね。全部違います」
「細かく見れば違う。どれがいい」
昨日から染め物に付き合ってるニーノが、青色グラデーションを眺めて聞く。聞かれる前から考えてるけど、どれもきれいで悩ましい。
「うむー」
「――染色はこれで終わらない。時間が経てば、色はどうしても薄くなる」
「おお、じゃあちょっと濃い色を選んだほうがいいです」
でも、ニーノを見て首をかしげた。
「ニーノの服はいつも濃い色です」
「色止めをしてある。ときどき染め直す」
「そっかぁ」
見比べてみると、ニーノの青がいちばんいい。さすがこだわりのニーノ。
「……まだもうちょっと考えます」
「そうしろ」
「エーヴェ、絵の描き方考えました! 型染めはどうかな?」
直に筆やハケで絵を描くより失敗しない。絞り染めもあるけど、帆布は厚みがあるから絞るのは大変だ。
ニーノは青白磁の目を細める。
「言わんとすることは分かるが――、型の材料はどうする。型を作るのに時間がかかる。おそらく染料の粘りも足りない」
次々問題点をあげられて、ぽかんと口が開いた。大きな帆を染めるなら、大きな型。その材料、加工する時間。型に塗りつけて色を映すんだから、ペンキタイプの染料が必要で、今ある染料は甕に入った液体タイプだ。
「おお……」
ニーノが軽く息を吐く。
「染料が触れない部分があればいいわけだろう。気は進まないが……」
「おお! ニーノ、魔法! 魔法!」
ぴょんぴょん跳ねると、冷たい視線が飛んできた。
「今回は時間がないから手伝うが、本来はたくさんの手順が必要なことを心得ておけ」
「はい! 心得る!」
背筋を伸ばして、宣言した。
実のところ、ニーノだってそんな特性の使い方は初めてで、二人でいろいろ試すことになる。
しわ寄せを受けたのは、邸の食事。元から忙しいニーノが染め物に時間を割いたから、食事は朝早くに炊き込みご飯とスープが用意されて、一日それを食べる。
とっても美味しいんだけど、夜には固くなるご飯に、ガイオもシステーナもしょんぼりしてる。
「あれだよ、昼はあたしかガイオが作ればいーんじゃね?」
「ガイオさんと呼べ。しかし、ジュスタの作業はたくさんあるのだ。あいつは夜も働いている」
――ぽはっ! 食べ物があるだけでありがたいのじゃ! まったく、ヒトは欲張りなのじゃ! 食べ物はよく噛めばよいのじゃ! 温めて食べるなぞ、ヒトだけなのじゃ!
珍しく真剣に話してる二人に、お屑さまがぴこんぴこん文句を言う。
「一回料理したら、お屑さまだって毎回料理が食いたくなるって」
――ぽ? 料理? 波をどうやって料理するのじゃ?
それはとっても難しい。おいしい波とかあるのかな?
「知るか。波なぞ薄おしゃべりしか食わん!」
ガイオはとっても大雑把。
――何じゃ! ガイオ! わしの食べ物を軽んじるのは許さぬぞ!
すぐにケンカになるけど、ガイオの元気が足りないから続かない。
「まだ、船、作るところありますか?」
だいぶ形はできてたと思うけど。
「帆が一枚じゃねーから索具がむちゃくちゃ多いんだよ。あと、明日からかじ? だってよー」
舵! それは大事。
「帆が一枚じゃないなら、ニーノ、まだ帆を作ってますか?」
「ああ、二枚目が縫い上がる」
「なんと!」
ニーノの作業量が多すぎる。相変わらずケガした動物も来るのに。
……ホントは二人いるのかな?
*
最初は小さな端切れに簡単な模様を染めた。五弁の花の模様だったけど、ずいぶんいびつになる。空気の膜をどこまで作るか決めるのが難しいみたい。
「ニーノ、水を弾く油や蝋で線を引いたらどうですか?」
「なるほど、それはいい」
ニーノが蝋を持ってくる。
「お、少しいいにおいしますよ」
微かに蜜の甘い匂いがする。
「これは蜜蝋だ。通常、蝋は植物から採る」
蜂蜜なんてなかなか取りに行かない。貴重品にちがいない。
前の世界では考えられないくらいこの世界は照明器具がないけど、ローソクは一応ある。でも、夜目が強すぎてあんまり出番がない。
蜜蝋をいったん溶かして、細い筒の中に入れて固め、線を引きやすい形にする。
蝋で布に線を引き、ニーノが特性で空気の膜を作った状態で染料の甕に沈める。引き上げて、何度か繰り返す。
「線があったほうが膜は作りやすい」
「でも、線がきれいじゃないとできる絵も変です!」
布のヒダでがたついた蝋の線が、そのままがたついた形になってる。
「……この蝋の線をどう消すか」
「蝋は見えないから消さなくてもいいよ」
ニーノが首を振る。
「蝋は劣化すると、色を残すことがある」
「おお」
確かに竜さまの周りに、変な縁取りがついたら嫌だ。
きれいに線を引く方法を探すのと、帆に描く竜さまのデザインを決める。二つ宿題が出た。
ニーノは他の用でいなくなってしまったので、船の現場に行く。
現場では、システーナとガイオが息を合わせて大きなのこぎりを引いてた。幅が二メートルもありそうな大木。半分くらいまで来てるけど、二人とも汗だくだ。
「すごーい!」
声に気づいて、システーナが片眉を上げてにやっとした。
「これ、何になりますか?」
「かじの一つだとよ。風を受けたりかわしたりすんだって」
「おー」
「おい、板が倒れたら危ない。離れろ」
ガイオは怖い顔をする。後ろに跳ねて距離を取った。
「ジュスタいますか?」
顎でしゃくって、システーナが船の向こうを指す。
「船の後ろ側にいると思ーぜ」
「ありがと! 二人とも頑張ってねー!!」
手を振って、船尾に走った。
「ジュスター? いますかー?」
船の後ろは穴が開いてて、奥まで続いてる。のぞき込んで声をかけると、きらっと何かが光った。
「あ、ペロ」
のそのそ出てきたペロがほよんとして、またのそのそ戻っていく。
「ジュスター?」
「こっちだよ、エーヴェ」
ペロについて入っていくと、ぼやんと蛍みたいな光が見えた。天井から降りてきたジュスタの腕に、光が固まってる。
「あ、スーヒの毛だ!」
光るスーヒの毛を腕輪にして、灯りに使ってるんだ。
「あ、ヒゲ!」
「うん、ごめんごめん」
ジュスタはまた、すっかり作業に夢中になってる。
「舵を動かす仕組みを通してるところだよ。どうしたの?」
「あのね、布にまっすぐ線を引きたいです」
帆に絵を染め付けようとしていることを説明する。
「すごいね! 面白そうだ」
「はい! すごいよ!」
ジュスタはにこにこして一緒に喜んでくれるから大好き。
「布にまっすぐ線を引くなら、布をぴんと張ればいいんだ」
「おお!」
そうか。刺繍とおんなじだ。ヒダにならなければ線だって引きやすい。
「ありがとう!」
「どういたしまして。頑張ってね」
「ジュスタもね! ヒゲ!」
「はい。剃ります」
両手を振って、駆け出した。
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