11.帆が来る
大変お待たせいたしました。
お昼ご飯の後、ガイオも手伝いを始める。といっても、道具を一々取り上げて、あれはなんだこれはなんだと聞いてくるから、ジュスタは完全に手が止まる。
「むー、ジュスタ、ガイオのせいで作業できません」
私が順番に床板を並べて、システーナが打ちつけていく。
釘は金属じゃなくて、木目の詰まった固い木を割った物。手からこぼれて見失わないように、システーナは布袋に入れて腰につけてる。
「そんなことねーよ。やり方を教えるってのは、大事な時間だぜ。おちびだっていろいろ教えてもらったから、今、こんなに手伝えんだろ」
うっすら笑みをたたえたピンクサーモンの目を見つめる。
付き人はすごいな。竜さまに敵愾心を持ってるだけで、もう全然仲良くなりたいって気持ちがわかないけど、みんなはちゃんとガイオの場所を作ってる。とっても寛容。
ガイオは私たちを攻撃しない。竜さまも全然傷ついてない。
……うん、それがいちばん大きいのかな。竜さまにケガさせてたら、ニーノは絶対許さない。
――ガイオにものなど教えずともよいのじゃ! ありがたみが分からぬゆえ、だめなのじゃ!
「そうなのじゃー!」
お屑さまの気持ちのほうがわかりやすい。
「お?」
肘にあったかい空気が当たった。見ると、ガイオを追いかけてきたスーヒが、鼻をピクピクしてあちこちにおいをかいでる。
「スーヒ、においが気になりますか」
「鼻ぴこ! かじるなよ! ジュスタ、何か鼻ぴこがかじれる物はあるか?」
「ああ……、じゃあ、これで」
端材の山からジュスタが見つけた棒を、ガイオはスーヒに投げる。からんからんと床を滑ってきた棒に鼻を寄せて一声鳴くと、スーヒは棒をくわえて影のほうへ走った。
しばらくすると、がりがりする音が聞こえてくる。
「まったく、鼻ぴこは暗いところにばかりいるのだ」
「スーヒは穴の中で暮らしますからね」
鼻を鳴らして、ガイオはジュスタに次の質問をする。
……むー、ガイオにもいいところがあります。
船は三層構造で、甲板まで含めると四枚も床が必要。床を張る前には柱や梁を作っておかないといけないから、外を組むよりもたくさん時間がかかる。
「いちばん下には水を貯めて、その上は食べ物だろうね」
ガイオは今は一人でのこぎりの練習をしてる。
「じゃあ、食べ物の上にエーヴェは住みますか」
「そうだね。みんなが休むところと、台所と俺の作業部屋が要るな」
「おお」
ジュスタは船の中に工房を作るのかな? すごい!
「ニーノの薬草の部屋も要ります!」
「うん、そうだね」
ジュスタはにこにこしてる。
広くてまだ何もない床を見渡し、どこに何ができるか想像する。
だんだん楽しくなってきた。
「ここに台所で、この近くにテーブルを置きます。こっちが寝るところです!」
「そーいや、一人一部屋じゃねーんだな」
システーナが床を打ちつけて、こっちを見上げる。
「うーん、そこはなんとかしたいんですけどね」
確かに、邸ではみんな個室を持ってる。子どもの私も広い部屋を持ってるからすごい。個人を大事にする感じがニーノっぽい。
「まあ、船は邸より狭めーかんな。大事なもんから先に詰めっしかねーよ」
こだわりなさそうに、システーナは床を打つ作業を続ける。
「船の材料を軽くしても、中身が重いんですよ。部屋の数を増やすのも、重さが増えることですからね」
「前が重かったり、後ろが重かったりしてもダメですよ!」
――上の方ばかり重くてもひっくり返るのじゃ!
「さすがエーヴェにお屑さま、よくご存じで」
お屑さまは得意げにぴこんぴこんした。
――皆、中にいて見えぬのじゃ。
船の縁からお骨さまがのぞき込んできて、嬉しくなって外に駆け出す。
床張りが終わるまでに二日もかかった。甲板も一日がかり。ニーノの作った防腐剤入り油を塗るから、お屑さまと一緒に逃げ出して、お骨さまと遊んだ。
お骨さまは木を伝い渡るのがとても上手になってる。ントゥも上手にバランスを取るから曲芸みたい。
「これから内装になりますから、お骨さまには退屈かもしれません」
翌日、ジュスタに言われて、お屑さまはぴこんぴこんする。
――わしは見るのじゃ! 面白いのじゃ!
それで、ジュスタとシステーナとガイオとお屑さまは船にかかりきりになる。ペロもジュスタと一緒。スーヒもときどきガイオの相手をしてる。私はお骨さまとントゥと森で遊ぶ。最近はテーマイも遊びに来てくれるから、籐製ボールでボール遊びもする。
竜さまはまだご飯中なのか、なかなか帰ってこない。
「りゅーさま、お腹空いてたのかな?」
――友はいい場所を探しておるのじゃ。一度にたくさん食べると山を壊してしまうのじゃ。少しずつ食べるのじゃ。
お骨さまは竜さまがいなくても不安な様子がない。
「お骨さまはりゅーさまとしゃべれますか?」
――うむ。ここは友の座なのじゃ。友の声はよく聞こえるのじゃ。
やっぱり同じ竜さま同士だから、付き人とは違うみたい。
お骨さまと遊んでる間に、夕ご飯で会うシステーナとガイオはだんだんぐったりしてくる。
「貴様ら、大丈夫か」
ニーノは少し眉をひそめながら、多めにご飯をついだ。
「ジュスタの奴、細けーんだよー」
「板の厚さが違うのをすぐに見つける……やり直しがおおい」
この二人は大雑把そうだから、特に大変なのかもしれない。
「でもまー、ようやく内装も終わりそーだぜ」
――たくさん部屋ができたのじゃ! 何もない空間に物ができあがっていくのはたいそう面白いのじゃ! ぽはっ!
お屑さまはとっても元気。
「では、そろそろマストに取りかかるのか」
システーナもガイオも食べるにつれ、だんだん元気になっていく。
「そうだ。ほげたがどうこうと言っていたぞ」
甘辛く味付けされた豆のペーストをトウモロコシ粉クレープにたっぷり乗っけて、ガイオは嬉しそう。
「明日はお骨さまが来てくれっとありがてーな」
「お! 分かりました!」
久しぶりに船造りの現場だ。
翌朝、お骨さまと一緒に船を見に行く。ペロが船の舳先で鉢をきらきら光らせてた。
「おはようございます、お骨さま。エーヴェ」
「おはよージュスタ!」
外の眺めはあまり変わらない気がする。でも、船の側面の入口を抜けると、木の匂いがいっぱいだった。薄暗い廊下だけど、丸窓から光が射しこんでる。そうか、外から見たとき、ちょっと違って見えたのは丸窓が光ってたからだ。
「すごいです! 部屋ができてる!」
「だいぶ良くなっただろ」
ジュスタは誇らしげ。この変化を見ると、システーナとガイオがぐったりするのも仕方ない。
階段を駆け上って(階段もできてる!)甲板に出る。
「おおー! お骨さま!」
――おお! エーヴェが出てきたのじゃ!
お骨さまの顔がすぐそこ。甲板は真ん中が高くてゆるく曲線を描いていて、丘みたい。森の木も近くに見えて、とってもいい眺めだ。
「すごい! ジュスタ、すごい!」
ぴょんぴょん飛び回る。ペロもすささっと近づいてきた。
ジュスタはにかっと笑って、視線を上げる。
「今日から、帆柱だよ」
腰に手を当てて、ジュスタは帆柱と向かい合う。高いマストを見上げたとき、視界の端に何かが飛んでくるのが見えた。
「あ――、ニーノです」
ニーノがすごい布のかたまりを肩に担いでる。
「使え」
ひょいっと甲板に落とされた布を、ジュスタと一緒に広げてみる。
「あ!」
広々とした白い布。すごくしっかりした生地で縫い目もかっちり。
「帆だ!」
喜んで見上げた先には、ニーノはもういなかった。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




