5.跳ねる姉妹
遅くなりました。
骨を切り、ポップコーンを詰め、薬が混じった油を塗る。興味津々でぽはぽは作業を見守ってたお屑さまが、三つ目の工程で奇声を上げた。
――なんというひどいにおいじゃ! 誰じゃ、こんな恐ろしい物を作ったのは! 目にしみるのじゃ!
「ニーノだぜ、お屑さま」
――なんと! ニーノはこんな恐ろしい物を作ってはならんのじゃ! まったく、いろいろな物が作れるからと思い上がっておるのじゃ!
お屑さまはかんかんだ。システーナは告げ口してにんまりしてる。悪い。
薄まってるから、小屋で嗅いだときみたいなにおいじゃないけど、それでもお屑さまが嫌がるんだから、たいていの動物は嫌がりそう。作業中、ジュスタは布でマスクしてる。あの薬を取り出した瞬間から、ペロは姿が見えない。
同じ作業の繰り返しなのと、お屑さまがにおいに怒ってるので、現場から離れる。
「貴様、鍛錬はどうした」
邸の前で山ほど布を担いだニーノと出くわした。
「あ、忘れてました」
砂漠から帰ってから、いろんなことが目白押しでいつものルーティンをしていない。
「システーナと行ってこい」
「ニーノ、それ、りゅーさまに巻いてた布ですか?」
ほどいてるってことは、もう要らないってことだよね。
「まだ一日様子を見るが、これはもう邪魔なだけだ」
「おお! じゃあ、エーヴェ、りゅーさまに会っていきます!」
「あたしもあたしも」
――待つのじゃ! わしはニーノに話があるのじゃ! その長い長い布をどうやってしまうのか、気になるのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんしたので、システーナは腕輪をニーノに渡す。
「お屑さま、また後でなー」
ちょっと気になったけど、竜さまのほうがもっと気になるので、システーナと洞に向かう。後ろから、ひどいにおいについてニーノに意見するお屑さまの声が聞こえた。
「あ、お骨さまです!」
しばらく登ったところで、竜さまの洞の入口から頭を出したお骨さまが見えた。ぽんぽんと跳ねて頭に乗った小さな影は、きっとントゥ。
「お骨さまー!」
手を振ろうとしたところで、目の前に大きな影が飛び込んできてびっくりした。
ずんずん近づいてきて、鼻面を寄せられて、やっと分かる。
「テーマイ!」
「び」
太く鳴いて、耳をパタパタした。
「テーマイ? あー、確か、おちびの友達か」
システーナが隣に来たので、テーマイはちょっと驚いて四メートルくらい離れる。
「そうです! エーヴェの妹! テーマイ! シスだよ! 怖くないです!」
駆け寄ると、テーマイはとっと、と軽いステップで弾む。しばらく会えなかったから嬉しくて、私も跳ねる。
「きょうだいで跳ねてんなー」
システーナはげらげら笑う。
「テーマイ、スーヒも邸にいますよ。あ、そうだ! お骨さま!」
テーマイとシステーナと三人で跳ねながら、洞に向かった。
……ん? こう見ると、三姉妹かもしれない。
「お骨さま、おはよーございます!」
洞の前でひょいひょい歩いてるお骨さまにあいさつすると、お骨さまはぱかっと口を開けた。
――エーヴェ! おはようなのじゃ。おお、シスもおるのじゃ。おお! ディーじゃ!
テーマイは思ったよりびっくりしてなくて、普通の顔でお骨さまの前に立つ。
「お骨さま、テーマイだよ」
――テーマイ! はじめましてじゃ。わしはお骨さまなのじゃ。
お骨さまは頭をテーマイの鼻先まで降ろして、じっとする。テーマイはことっと首を傾けて、鼻先を伸ばしてあいさつした。
「おおー!」
順調だと思った次の瞬間、首を伝ってントゥが降りてきた。
低い声でうなりながら、緊張してる。
「あ、ントゥ、耳の布なくなりました」
よかった。だいぶここに慣れたってことだ。
でも、テーマイに威嚇するのはよくない。
――ントゥ、大丈夫なのじゃ。テー……、テー……、……とはあいさつしたのじゃ。友達なのじゃ。
ントゥはうなるのを止めて、耳をピンと立て、テーマイを見つめる。テーマイも耳をピンと立ててて、ントゥの動き次第では射られた矢みたいに逃げてしまいそう。
――何かあったか?
洞の中から竜さまの声がして、駆け込んだ。
「りゅーさま、おはよーございます! テーマイをお骨さまに紹介しました!」
――あいさつしたのじゃ。
お骨さまがこっちを見たので、ントゥとテーマイの緊張状態は強制的に終了。
「竜さま、だいぶ良くなりましたかー?」
システーナがひらりと竜さまの前に降り立つ。
――うむ。ニーノからは明日まで飛んではならんと言われたのである。
「竜さまに命令するなんざ、ニーノのくせに、偉そーに!」
ニーノのくせに!
なかなか使うタイミングがない言い回し。
――友は明日からまた飛ぶのじゃ。
お骨さまは竜さまの頭の上に頭を乗せようとしたけど、すいっとよけられてぱかっと口を開ける。すぐに首を伸ばして、竜さまの背中に収まってるから仲良しだ。
「お骨さま、今からおちびと鍛錬行きますけど、一緒に来ますか」
「え、お骨さまも一緒?」
期待を込めて見上げると、お骨さまはことりと首をかしげる。
――森の中ではないのか? わしは入れるか?
「木の上を飛び渡ってみよーかなって」
洞から森の入り口に移動した。
「ちょっと上ってみな、おちび」
「いいですよ」
指さされた高木を登る。下で様子を見てたシステーナは、私がてっぺんにたどり着くと、ぴょーんと跳ねて隣に立った。
「シス、すごい!」
「おちびも、こんなに登れるようになったじゃねーか!」
言われて、下を見る。木の下でこっちを見上げてるテーマイが親指サイズだ。
「おお、エーヴェもすごいです!」
頭をガシガシなでられて、枝から落ちないようにしがみついた。
――わしはどうするのじゃ?
テーマイの隣で、お骨さまもこっちを見てる。
「お骨さまは、そっちの太い木に登ってみてください!」
あ、そうか。大きな木の森でお骨さまが木登りできることは証明されてる。
でも、座の端の森に比べると、高木とはいえお骨さまは登りにくそう。口で枝をくわえ、羽をばたばたさせて、なんとか上まで来た。
「お骨さまー!」
木の上でゆらゆら揺れてるお骨さまがこっちを見て、羽を鳴らした。頭上のントゥはちょっと毛が逆立ってる。
きょきょきょきょきょ……
「そーそー。それからこーします!」
「ふわ!」
システーナに脇を抱えられて、隣の木に飛び移る。五メートルくらいだから、システーナには余裕かもしれないけどびっくりして息が止まる。
――おお! やってみるのじゃ。
お骨さまがぎこちなく足を動かして、隣の木に向き直る。首を伸ばしててっぺんをくわえると、ひょいっと手足を離して隣の木にしがみつく。ントゥはバランスをとるので、しっぽが忙しい。
体勢が整うと、お骨さまは首を上げて、こっちを見た。大きく口が開いてる。
――どうじゃ?
「素敵です、お骨さま!」
「行くぜー!」
システーナはまた次の木に飛び移り、お骨さまも移動する。森の中はこそばゆいけど、これなら大丈夫。
「あ、シス、見て!」
高木の枝を透かして、茂みを跳ね越えながら、テーマイがついて来るのが見えた。
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