1.森に初めて響く音
座に来てたっぷり、お骨さまはいろんな場所でントゥを呼んでは、感じ入ってた。羽を広げて同じ姿勢で固まってるから、ときどき鳥が止まったり、小さな動物が間違えて登って慌てて降りていったりする。いつものお骨さまなら大喜びで追いかけていくはずだけど、感じ入ることに忙しいみたい。
竜さまはそんなお骨さまを眺めて、ときどき側に行ってどっしり座ってた。
でも、だんだん調子が戻ってきて、洞から邸までの道を走ったり、邸の屋根に顎をのせてくつろいだり、菜園に踏み込んでトウモロコシ畑をなぎ倒したり。
今日から本格的に遊べそうだと思った二日目。朝ごはんの後、邸の前にお骨さまがいてびっくりした。
「お骨さま!」
「おはようございます、お骨さま」
ニーノがあいさつすると、お骨さまは窮屈そうに首を曲げて邸の入口に顔を近づける。かたわらには、ントゥがぐったり横たわってた。
着いた直後は目を回してたけど、しばらくしたら気がついて、お骨さまと一緒にあちこち走り回ってたントゥ。
――ニーノ、ントゥの元気がないのじゃ。音が多すぎるのじゃ。
「音が多い?」
耳を澄ましてみる。森からはいつものように鳥や動物の声が聞こえる。
「エネックはとても耳がいい。ここから、下の沢にいるカエルが水に落ちた音が分かるほどだ」
「え!」
下の沢まではたぶん二キロメートルくらいある。そんな範囲の小さな音でも分かるなら、ひっきりなしに音が聞こえるはず。
「ントゥ、大変です」
「そうだな」
ニーノはわたみたいな物を、ントゥの大きな耳に詰め込み、柔らかい布で頭ごとくるくる巻く。ターバンみたい。
「しばらく休ませましょう。徐々に環境になれるはずです」
――ントゥは元気になるか?
ニーノが答える前に、ントゥの尻尾がふぁたっと動いた。
「体が違う環境に驚いているだけです」
――そうか! わしも友の座にはびっくりなのじゃ。ントゥもびっくりしたのじゃ。
お骨さまは頭をあちらこちらと傾けながら、ントゥの様子をうかがう。ントゥはほそーく開いた目で、動きを追ってるみたい。
「ニーノ、ントゥは食堂に連れて行きますか?」
「いや」
ニーノはいったん邸に入って、戻るとントゥを抱え上げる。
歩き出したニーノを、お骨さまと追いかけた。
菜園へ向かう途中の木の根元に、穴が開いてる。
「あ! これ、スーヒが掘った穴ですね」
「ああ。許可をもらった」
「お! エーヴェがやるよ!」
穴の中にントゥを入れる。でも、ニーノだと狭くて動きにくいから、交代した。
ぐったりしてても、ふかっとしたントゥの毛並みに少し感動する。
「よくやった。――似た環境ならば負担も少ないでしょう」
ターバン姿になったントゥは、穴の中でくるっと丸まってる。お骨さまは穴に鼻を近づけて、首を上げ、ぱかっと口を開けた。
――よかったのじゃ。ントゥはちょっと休むのじゃ。
お骨さまは穴の様子をうかがいつつ、ゆっくり邸に後退した。
安心したお骨さまと一緒にお散歩する。
邸から洞までの道は岩伝いで木や茂みがないから、お骨さまもひょいひょい歩ける。
――友の座はみずみずしいのじゃ。歩いておると、たくさんの水の粒が触れるようじゃ。
お骨さまの周りにたくさん水の粒が浮いてるなんて、素敵だ。
「こそばゆいですか?」
――こそばゆくはない。……ちょっと、しっとりするのじゃ。
「お骨さま、しっとり!」
すごく面白くてけらけら笑う。
――ふむ、なんじゃ? 尻尾の先がひやりとするのじゃ。
お骨さまと一緒に見ると、ペロがくっついてた。
「ペロ! いつの間に!」
――おお、水玉なのじゃ。ぺったりくっつくのじゃ。
尻尾をちょっと振ってみても、ペロは離れない。
お骨さまはさらにびゅんびゅん尾っぽを振る。ペロは水玉形になってるけど、しっかりくっついてる。
――おお! 面白いのじゃ。離れない水玉なのじゃ。
「ペロすごーい」
拍手する。ペロもお骨さまも楽しそう。
ペロはお骨さまの頭の上に移動した。ントゥがいたら怒るから、珍しい光景。
お骨さまはちょっと進んではあっちこっちと首を向けて、嬉しそうに口を開ける。お骨さまが見てる方向を見て、花や草や虫を見つけると、私も嬉しくなる。
「あ! りゅーさま!」
洞の入口から顔を出した竜さまに手を振った。
――友ー!
お骨さまがひょいひょい走り出すので、慌てて追いかけた。
――エーヴェ。おはよう。
「おはよーございます!」
――おはよーございます! じゃ。
羽をバタバタするお骨さまに、竜さまも羽をバタバタして応える。
――友よ。先ほど朝のあいさつはしたぞ。
――うむ? そうであった。ントゥのことで忘れたのじゃ。
――ントゥは大事ないか。
「大事ないです! 今は体を慣らします」
スーヒが穴掘り得意でよかった。
竜さまが金の目を細める。
――うむ。砂漠とはずいぶん違うゆえ、仕方あるまい。
――ントゥは元気になるのじゃ。よかったのじゃ。
きょきょきょきょきょ
お骨さまが羽を鳴らす。森には初めて響く音。
きっとみんなびっくりしてる。
――まもなく、シスとジュスタが戻る。エーヴェ、それまでに、友にどこか案内してはどうか?
「おお! はい! 案内します!」
竜さまに頼み事をされた。これは張り切って案内するぞ。
「お骨さま、塩を見に行きましょう!」
――見に行くのじゃ!
私は両手を上げて、お骨さまは羽を広げて、ペロはリラックスモード。三人で、洞の向こうの岩棚に向かった。
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