おまけ
軽い話なので、もしできれば次の話まで今日中に上げたいです(希望)。
「システーナ! 貴様!!」
よく響く声で目が覚めた。
ニーノだ。まだ、薄暗いのに、どうしたのかな。
寝台の上でぴよぴよしていると、微かに変な匂いがした。
「なんか……くさい」
なんだろう、知っている匂いだ。
半分夢の中でうつらうつら考える。
――あ、思い出した。これ、温泉の匂い!
はー……、懐かしい。あったかいお風呂なんて、この世界、ないもんなあ。
川での水浴びや、くみ置きの水をかけてもらうくらい。
――でも、竜さまにくるまれて寝られるんですけどね!
テンションが上がって、寝台の上でバタバタする。
それで、目が覚めた。
「システーナ! 出ろ!」
どんどんと戸を叩く音がする。
寝台を飛び降りて、廊下をのぞき込む。ボサボサ頭のジュスタが部屋の扉から、顔を出した。ニーノはシステーナの部屋の戸を叩いている。
「あーい、はよーっす」
「貴様、まだ隠し持っているなら、出せ」
あくびしながら出てきたシステーナに、ニーノがぴしゃんと言う。
「あー……、シスさん。こりゃ、やったなぁ」
頭をかいているジュスタの側に行く。周りを見回していたジュスタが、私に気づいて抱き上げた。
「おはよー、ジュスタ」
「おはよ、エーヴェ」
「ニーノ怒ってる」
「うん、まあ、これはしょうがない」
システーナはなんだか眠そうで、反応が鈍い。
「あんだってー?」
「とっとと硫黄を出せと言っている」
――硫黄?
システーナがようやくにやりとした。
「あーもう、さすがにねーよ。一回差し上げたらモロバレだもん。ぜーんぶあげましたあ」
「硫黄はやめろと言ったはずだ」
「だってーめっちゃ大きい塊見つけてさぁ。竜さまの大好物なのに、持って帰らねーとかありえねえよ」
――大好物!?
ジュスタの顔を見ると、間違いないと頷く。
「それで、昨晩のうちに、竜さまに差し上げたのか」
「はい」
「えー――!?」
二人の目がこちらを向く。
「りゅーさまが食べるところ、エーヴェ見たかった!」
ニーノが厳しい顔で強く息を吐いた。
「これから二日は、竜さまに会えない」
びっくりしすぎて声が出ない。
ジュスタを見ると、これも間違いないと頷く。
――はぁあ?!
「竜さまが硫黄を召し上がると、強い硫化水素ガスが発生する。これは、竜さまの意思でコントロールできるものではない。少なくとも二日は近づくな」
「食べた量によっては、もっとかかりますね」
竜さまが大好物を食べるシーンを見られなかったばかりか、二日も竜さまに近寄れない、だと――?
「シス、わるい!」
みるみる涙がこみ上げてくる。
「りゅーさまあぁぁぁ!」
「ま、まぁずっと会えねーわけじゃねーんだし……」
近づいて来たシステーナをぽかぽか殴る。
「まあ、これはシスさんが悪いですね」
「えー……だってよー……」
「シス! わるい!」
「分かったよ。悪かった。今度はちゃんとちびにも言ってから、硫黄さしあげっから」
抱っこされて揺すられると、なんだか気分が落ち着いてくる。
――しかし、それ、何も解決してなくない?
「……貴様は何が分かったのか」
ニーノが私の内心を代弁し、深く息を吐いた。
温泉の匂いがなくなるまでに、結局、三日かかった。
「私は、大変失望しております」
竜さまの胸の毛にしがみついた私の対面で、ニーノが後ろ手を組んで、直立している。
「偉大な竜さまにとって我々卑小な人間との約束など、取るに足りないとは考えますが、システーナが硫黄を持ってきても召し上がらず、せめて私にお知らせくださいと、あれほどお願いいたしました。――にもかかわらず、一言すらいただけなかった」
――こ、これは怒ってるな。
平静に言い募るニーノの隣では、システーナが面白くなさそうに立っている。
「竜さまのお側にいるのは我々の勝手でございますが、我々を追わないのも竜さまの勝手でございます。お互い、勝手の上にこの暮らしは成り立っている。しかも、竜さまが硫黄を食べた結果は、竜さまの周囲に広く影響を及ぼします」
「ニーノ……持ってきたのはあたしだろー? 竜さまはさぁ」
「貴様が硫黄を持ってきたことと、竜さまが硫黄を召し上がったことは別の問題だ」
「えー……」
システーナがしょげている。
――ニーノ。
「はい」
竜さまは金の目を細めた。
――硫黄はしゅわしゅわしておる。
口を開けて、竜さまを見上げる。
「さようですか」
ニーノの声は変化ない。
――ぱちぱちもする。口の中に入れると、噴火直前のマグマのように生きが良くてうまい。
おお、竜さまの食レポ! レア!!
――腹に入っても、腐るような溶けるような独特な味わいがある。
それ……、人間だと胃もたれに近くないですか?
――その味を思い出すと、思わず、食ろうてしまった。
ふんす、と鼻息が上がった。
「……さようですか」
すい、と竜さまが鼻先をニーノに寄せた。
――ニーノとの約束はずいぶん楽しい。しかし、食べるとき、すっかり忘れておった。
沈黙が走る。
うん、これ、どうなのかな?
ニーノとの約束は竜さまにとって「ずいぶん楽しい」ことだから、取るに足りないものじゃない。でも、おいしい物が目の前にあったから、食べちゃった。
そもそも、約束を守るというのも人間の価値観だから。
システーナは竜さまの食事シーン独占があるから、うらやまし悪だけど。
――ニーノ、まだ失望しておるか?
「――いえ、竜さまがお好きな物を召し上がれてよかった」
うん、そこがいちばんだよね。
システーナが安心したように笑う。
「今後、周囲にできるだけ影響を与えずに、硫黄を召し上がっていただく方法を探します」
「あー、そーだよ! 初めからそっちで考えればよかったのに!」
たしかに、好きな物が食べられないのはつらい。
でも、竜さまの側にいられないのもつらい。
――硫黄かぁ。
温泉が湧いてるところにある、黄色いやつ。あれを食べるとか、考えたことないなー。
でも、なんか、あの色は……。
その後、硫黄ふりかけ開発に関わることを、このときの私は知るよしもない。
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