15.境の森
遅くなりました。
お骨さまはすいすい泳ぐけど、それでも砂漠はとても広い。
竜さまとの待ち合わせの森はなかなか見えてこなかった。
お骨さまの背中の上でお昼ご飯を食べたり、おくずさまとおしゃべりしたり、システーナに抱えてもらってお昼寝したり。
いつの間にか、お日さまが地平線の近くに来る。でも、夕焼けは何かにさえぎられて、見えない。
「夕陽、見えません」
「いやー、ありゃ、見えてきたんだ」
システーナが指さした。ぼんやりと壁が見える。
「おお! 木だ!」
壁に見えたのは、何本も生えた大きな木。
竜の座の端に生えてる大きな木が形作った森だ。
――なんとも大きな木なのじゃ。
「お骨さま、初めて見ますか?」
――初めてではないのじゃ。じゃが、こんなに近いのは初めてなのじゃ。
お骨さまは尻尾を上げて、ゆらゆら振る。木はお骨さまより、二倍か三倍くらい背が高い。
「なんで座の端の森は、木が大きいですか?」
「なんでだろーな。他の場所だとあんなにでかくねーもんな」
システーナが手をかざして森を眺める。
「他の場所?」
――座の端に住んでおる生き物は、座の中と大して変わらぬ! じゃが、たいそう大きくなったり、奇妙な形で生まれたりするのじゃ! 生き物の考えや暮らし方は中も端も変わらんのじゃ!
「ほー――」
お泥さまの座から帰って来たとき、大きなムカデにあったけど、あのムカデは大きくなってるだけで普通のムカデってことかな?
大きかったら、普通じゃないけど。
「じゃあ、何かのせいで大きくなってますか?」
――ふむ? おお! たぶんそうなのじゃ! 竜の近くにおらぬから、大きくなってしまうのじゃ!
「おぉう!」
急にぐらりと揺れて、お骨さまの背中から放り出された。
システーナがキャッチしてくれて、地面にぶつからずに済む。
お骨さまが砂を見下ろしてる。
――砂の中に、木の根があるのじゃ。泳げぬ。
砂から出て、お骨さまは歩き始めた。
「お骨さまー、りゅーさまいますか?」
――うむ。こっちじゃ。
みんなで歩いて森に近づく。薄暗くなった空に、大きな森はちょっと不気味。
またムカデが出て来ないか心配だ。
「おちび、離れんじゃねーぞ」
「はい!」
システーナはのんびりと笑って、手を握ってくれた。
大きな木の足下に着いたときは、日が暮れていた。木が大きいから、森は真っ暗だ。
――おお。木はわしより大きいのじゃ。
――隙間が狭いが、骨は通れるか?
お骨さまは首を反り返らせて木を見上げる。
――大丈夫なのじゃ。
ひょいひょいと根っこやでっぱりに足をかけ、お骨さまは木を登る。通り抜けられそうな隙間を見つけ、するりと森の中に入った。
「おおー!」
「お骨さまはほんっと身軽だなー!」
システーナは目を細めて、私を小脇に抱える。
「行くぞ、おちび」
ぐいっと体を深く沈め、ぴょーんと跳んでお骨さまを追った。
ひょーいひょいとお骨さまは森に分け入っていく。
「お骨さま、こそばゆくないです」
「この辺りは下に草が生えてねーかんな。お骨さまはお腹ん中に何か入んのがくすぐってーんだよ」
――骨は体があった場所に何かが入るとくすぐったいのじゃ! 腹はいちばんくすぐったいのじゃ!
「そうですか!」
確かに、この辺りは巨大な葉っぱが積み重なってるだけで、森に比べると物がない。
洞の近くの森も木が高いところは下草がなくて静かな感じだけど、ちょっとでも光があったら、すぐさま緑ができる。ここはそんな緑もない。
きょろきょろ見回してたら、大きな木の隙間から揺れる灯りが見えた。
「あ! 見て! りゅーさまのたてがみです! 光ってる!」
――友ー! 落ち合いに来たのじゃー!
竜さまの首が、ひょいと大樹の間からのぞいた。
――友。エーヴェ、シス。着いたか。
「りゅーさまー!」
久しぶりに会う気がして、システーナから飛び降りて、駆けつけた。胸に飛びつく。ふかふかの毛並みがいい気持ち。
――どうかしたのか、エーヴェ。
「この森はちょっと怖いです。りゅーさまは平気ですか?」
――平気である。
さすが竜さま。頼もしい。
――友、何をしておるのじゃ?
お骨さまは竜さまに首をぶつけて挨拶する。
――ニーノとジュスタを待っておる。なにやら、探し物らしい。
「探し物ー? 竜さま待たせてー?」
素っ頓狂な声を上げて、システーナが宙に向かって話し始めた。
「おめーら、何やってんだ? ああ? ああ……」
そうか、もう竜の座の中だから、ニーノやジュスタとテレパシーできるんだ。
耳を澄まそうとしたら、目の前に何かが落ちてきた。
「おわっ! おお、ペロ!」
飛び退いた大きな葉っぱの上を、ペロがのそのそ動いてる。お骨さまの尻尾から落ちてきたみたい。
「初めての場所だから、探検しますか?」
ペロと歩き始めると、葉っぱの間から黒いかたまりが飛び出してきた。
「うわ! おお、スーヒ!」
大きな葉っぱの隙間は地面の穴とおんなじで、スーヒはくぐって遊んでる。
「スーヒ、気をつけますよ! 大きいミミズがいるかもしれません!」
竜さまのたてがみでほの明るいけど、森の中は暗い。しかも、ここはいろんな生き物が大きくなっちゃう森だ。
周りをキョロキョロしてから、大きな葉っぱを滑り台にして遊んだ。
「おーい、おちび! ニーノたちはまだかかりそーだから、どっか寝る場所探すぞ」
「え! この森で寝ますか!」
竜さまたちがいるとはいえ、森の底で寝るのはちょっと怖い。
――エーヴェとシスは木の上で休むがよい。わしらはここで構わぬ。
――ントゥもシスと一緒に行くのじゃ。
お骨さまの上で耳をピンと立ててたントゥが、ぐるぐると尾をおいかけるみたいに回る。
「ントゥ、一緒に行こーぜ。森の底じゃー狩りできねーぞ」
システーナが声をかけるけど、ントゥはお骨さまの上から動かない。
「仕方ねーな」
軽く言って、システーナはスーヒとペロと私をかつぐとぴょーんと跳んだ。
――おお! シスが跳んだのじゃ! ぴょーんなのじゃ!
――うむ。シスはよく跳ねる。
こっちを見上げてる竜さまたちに手を振ってる間に、枝の上に届いた。膝まで埋まるふかふかのコケに降ろされて、スーヒは物珍しそうに鼻を鳴らし、跳ねるみたいに歩く。
しばらく固まってたペロは、急にすささっと走り出した。砂と違って沈まない。むしろ水玉はちょっと弾かれてるかも。
「ペロ、ちょっと嬉しそうです」
まだちょっと残ってた砂を、ぴしぴし飛ばしてる。
「よーし、ニーノとジュスタが戻るまでに、飯の用意すっかー」
「はい! ニーノとジュスタ、何してますか?」
システーナはコケを踏み固めて、炉を作る場所を作ってる。
「船の材料探してんだと」
「えー?」
竜の骨がこんなにあるのに、まだ何かいるのかな。
「なーんか面白くなりそーだぜ」
にやっとしたシステーナの瞳が、キラキラした。
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