20.プレゼントを贈るとき受け取るものがないとは限らない
ここまでが第一章です。
森から戻ると、布を手にしたニーノが通りかかった。
「システーナ、貴様の部屋を整えろ」
「はーい」
「布や糸は食堂に置いておく」
ニーノはすぐに消えてしまう。
「いと?」
「出る前に、いろいろ修繕しろってんだよ」
こんなに大きいのに、針でちくちくするシステーナがいる。ちょっとおもしろい。
「エーヴェ、りゅーさまのところ行くね」
「行ってこい」
鱗を返してもらい、竜さまの洞へ行く道に入って、止まる。
思いつきに、百八十度、方向転換した。
「ジュースーター――」
工房の近くに行って声をかける。鉄を打つ音を頼りに、そちらに向かった。
「ジュースーター!」
「エーヴェ。ちょっと待っててな」
鎚で赤く焼けた鉄をがんがん叩いている。
きん――、と飛ぶ火花がきれいだ。
危ないかな、と竜さまの鱗をかざす。
「つるはし?」
「最後の仕上げだよ」
マンガで見かけるような三日月型ではない。先端はくちばしみたいに尖っていて、逆はながく細い鍬状になっている。
鉄の赤みが引いていき、黒く冷えた。
汗が目に入ったのか、ジュスタが片目をつぶって軽く首を振る。
「あのねー、紙と書くものほしい」
「書くもの?」
邸では全然見かけないけれど、この世界には紙がある。前に工房に来たときに、束を見かけた。
ジュスタは腰を上げ、棚から紙片を取り出す。
「これでいいか?」
植物の繊維を糊で固めたような紙。厚いけれど素朴な手触りが、少し懐かしい。
「墨を少し分けような」
竹の筒を渡され、先の尖った枝を渡される。
うわー、付けペン方式か。難しいぞ。
「それで、何に使うんだ?」
「シスにあげるの」
「シスさんに?」
ニーノもジュスタも、システーナにちゃんと準備している。
私も何か渡したい。
ジュスタは首をかしげた。
「紙は大事だから、一枚で許せよ」
「わかったー、大事にする!」
叫んで、竜さまのところに向かった。
洞に着く前に拾った白い石を取り出す。
床にこすりつけてみる。思った通り、白い線が引けた。
以前の世界にあって、この世界にないものはたくさんある。その中で、私にとって、いちばん馴染み深いのが絵だ。
転生前は、気持ちのほとばしるままに、ドラゴンを描いては画像投稿サイトにアップしていた。
――たとえ、四歳児だとしても、その才能は残っているはず!
そして、竜さまに会えなくてつらいシステーナに2Dの竜さまを渡すのは、きっととっても名案だ。
かりかりかりかり……
「かけなーい!」
床に引いたヘロヘロの線の上でじたばたする。
“和紙”に付けペンは難易度高いかもと、取っておいてよかったー!
角、たてがみ、羽……。四歳児にしては、竜さまのイメージをとらえているかもしれない。けど! そもそもでかすぎて、狭い紙の上に写せそうもなかった。
――なぜだ? 転生前の記憶があるんだから、絵を描く技術だって、ある程度残っているはずでは? 自転車に乗る技術を身体がおぼえている、みたいな……。
あぁぁああ! 身体が違うもん!
――何をじたばたしておる?
頭上から言葉が降ってくる。
一連の行動の隣で、竜さまは、片目だけで私を見ている。
「りゅーさまの絵、かけない……」
――絵、とはなんだ?
おっと、難しい質問だ。
「エーヴェが見たりゅーさまを、線とかー色とかでーつくるの!」
――ふむ。では、エーヴェのつくったその模様は、わしか。
竜さまが、首を傾けて床を眺める。
この落書きでは伝わらないと思いますが……。
「もっとうまいと、りゅーさまだって分かるんだよ!」
色が塗れたらいいんだけどなあ。
――では、わしは二人になるのか?
一瞬、きょとんとした。
「ならないよ! りゅーさまはりゅーさまだけ!」
――しかし、わしを作るのじゃろう?
ちょっと混乱してくる。
偶像崇拝を禁じるのって、こういう視点からかな?
「りゅーさまをうつすんだよ! 水みたいに!」
しかし、水の場合は竜さまがいないと像が存在しない。一方、絵は、実物がいなくても存在する。全然、違う現象だ。
――おや? 絵ってすごくない?
――ふむ、なるほど。そういうことか。
私が一人でうんうん悩んでる間に、竜さまは納得したみたい。
――しかし、わしはそんなに小さくなれぬ。
どこまで理解してくださってるかは、全然わからないけれど。
そこで、ひらめいた。
紙を拾い上げ、竜さまの前肢に駆け寄る。
予想通り、紙が小さすぎる。
――狭いけど、小指ならいけるかも?
「りゅーさま、墨ぬってもいーい?」
竜さまはうなずいて、面白そうに、様子をうかがっている。
「うわぁあああああ! すげえぇぇえ!」
夕食の前に渡した紙を、腕いっぱい伸ばして確認。その後、顔を擦りつける勢いでシステーナが叫んでいる。
「うわぁー! 寝るとき頭の下に敷くー――!」
「叫ぶな」
「今叫ばなくて、いつ叫ぶんだー!」
「しばらく跳ねて来い」
ニーノの言葉に、システーナは竜さまを呼びながら、走り出てしまった。
拇印にすらならなかった竜さまの小指竜拓だけど、システーナはめちゃくちゃ喜んでくれている。
本当は絵が描きたかったけど、これはこれでよかった。
「あんな紙の使い方、驚いたよ」
ジュスタの掌がまた視界を揺する。うふふ、と笑みが出た。
「エーヴェ、かしこい」
「そうだな」
「おーい、おめーらー!」
力強くシステーナが戻った。早い。
でも、振り乱した髪には葉っぱや小枝が絡んでいる。
――どんだけ跳ねたのかな?
「おめーらのもつけよーぜ!」
前のめりだ。熱気がすごい。
「――つける?」
「ここ、まだ白いとこあんだろ? ここにおめーらのもつけんだよ!」
手形を押すってことかな?
「でも、狭いよ」
「だぁいじょーぶだよ。だってこれ、竜さまの小指だろ?」
器用に小指だけ動かしてみせる。
――というか、一目で小指だって分かるのすごいな。
「だったらあたしらだって、小指でいーだろ。――あ」
にやにや顔が、のぞき込んでくる。
「おちびは掌にすっか!」
ゆっくりと胸にわくわくが満ちてきた。
「――うん。はい!」
ジュスタが墨を持ってくる。
「――ほら。貴様の順だ」
指をぬぐいながら、ニーノが言う。
竜さまのを合わせて、四つの指の印。
なんだかバラバラで、かっこうよくはない、けど。
――最後の隙間に、小さい掌をぎゅっと押しつけた。
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