4.上空の一夜
竜さまの手の中に戻って、また空の旅。
夕方には水辺に降りた。
ニーノたちが水の補給をしてる間、スーヒやペロと水浴びする。ペロは水浴びというより水に溶け込んでる。
ジュスタが岸で火を焚いて、干し野菜スープを作ってる。
お腹がすいて、もうすぐ夕陽の時間。
でも、木が高いので夕陽は見えないかな?
――ふむ、そろそろ夕陽じゃ。
「でも、ここから見えません」
竜さまが鼻息を一つ上げて頭に乗せてくれた。
夕食の準備はいったん止めて、みんなで夕陽を眺める。
巨大な木に、太陽がかかってた。
もう座の端にこんなに近くなってる。こう見ると、巨大な木は竜さまよりも背が高い。
「さっすが竜さま。速いなー」
木の実を集めてたシステーナが、側の木のてっぺんで手をかざしてる。腕には、お屑さま。
――うむ。山は速いのじゃ! 行きたい場所にすぐさま行けるのじゃ!
逆サイドから聞こえるカチャカチャ音は、ジュスタがツボを抱えて木登りしてるせい。でも、ペロが夕陽を見てるかは謎だ。
昼に特大ビックリがあったけど、変わらず竜さまとみんなで夕陽を見られて大満足。
「洞じゃないところでりゅーさまと夕陽を見るのは、不思議な気分です!」
――ふむ、不思議であるか。
「でも、これからいろんな場所でりゅーさまと夕陽を見ます! 楽しみ!」
――ぽはっ! 童、夕陽だけではないのじゃ! いろんな物を見るのじゃ!
お屑さまが高らかに宣言する。
「おおお!」
いろんな場所で、竜さまやお屑さまと一緒にいろんな物を見る。
「すごーい!」
わくわくがいっぱいだ!
「――さぁ、夕食だ。吹きこぼれるぞ」
隣に浮いてたニーノがさっと降りていく。
ニーノはどこでも、いつも通り。
「――え? まだ飛びますか?」
かさかさパンとスープでお腹がぽかぽかになって、てっきり今日はここで寝るのだとのんびりしてたら、大人は荷物をまとめ始めた。
「そうだ。洞に何の備えもないから、長く空けるのはよくない。――スーヒ、あまり離れるな」
ニーノはスーヒを追う。暗くなるにつれて、スーヒはやる気になった。鼻をひくひくさせながら動き回ってる。
「りゅーさま、夜も飛べますか!」
――星を見て飛ぶのは、格別である。
暗くなってくると、竜さまの輝くたてがみがどんどんはっきりしてくる。
きっと飛ぶ姿は流れ星……速度的に、人工衛星かな?
「でも、りゅーさま寝ません! だいじょうぶですか?」
金の瞳の奥で、紫の光がゆらっと揺れた。
――む? わしは寝る。
「ほわ? りゅーさま、寝ます? 飛びませんか?」
――飛ぶぞ。
あれー?
――なんじゃ? 童は寝ながら歩くことはないのか?
お屑さまが、ぴこんと伸びた。夜は背中だとうっかり飛ぶ危険があるから、私が腕輪をつける。
「え?! そんなことできませんよ! ぶつかります!」
うーん。前の世界で、連日残業で疲れきった帰り道、寝ながら歩いて電柱に激突しかけた記憶があるような……、いや、もうない。
――ほう……、それは不便であろう。わしは寝ながらも飛ぶのじゃ。
竜さまはちょっと驚いてる。
――ぽはっ! わしもできるのじゃ! 鳥や虫にも寝ながら飛ぶ者がおるぞ! 人は移動するのが下手なのじゃ! ぽはっ!
お屑さまは大笑いで、こき下ろす。
「お屑さまは起きてても寝てても、風が運んでくれるだけですよ!」
――そうじゃ! わしは偉大じゃから、皆こぞって運ぶのじゃ! ぽはっ!
むー、お屑さまはへりくつです。
「竜さま、準備ができました」
ジュスタの声で竜さまは大きく羽を広げ、ペロとスーヒと私(とお屑さま)は竜さまの手につかまれた。
竜さまの指の隙間から、満天の星空がちょっぴり見える。下は、星明かりでおぼろに浮かぶ木の重なり。
「ふわー! 夜です!」
ペロはきれいにツボに収まり、夜でテンションの高いスーヒが、指の隙間に鼻を押しこんでる。分からないけど、満喫って感じ。
「りゅーさま、寝ると何も分からないのに、どうして飛べますか?」
竜さまの指に寄りかかって、聞いてみる。
――人は寝ると何も分からぬのか。不用心な。
寝るのは脳を休めるためだから、何も分からないのが普通じゃないのかな。
――そりゃあ、おちびだからじゃねーの? 半分寝るみてーなことすんぞ。
システーナがおしゃべりに入ってきた。
「半分寝る? 何それ?」
言った本人はうーんとうなってる。
――俺はできませんよ。寝ながら歩くなんて。
「おお! ジュスタはエーヴェとおんなじ!」
――え? そーかあ?
やっぱり、システーナが特殊。
――確かに、半分寝るというと分かりやすい。寝ると、話したり、詳しく見たり聞いたりはできぬ。しかし、ある方向へ飛ぶだけならばたやすい。
――竜さまは方角をどのように感じ取られますか?
ニーノも混ざってきた。
――どのようにとは難しい。方角は目で見ることもできる。
「目で見える!」
――うむ。定まった波……揺れ……うむ、いい言葉がない。陽炎のように分かるのじゃ。何より北ならば、骨に任せて自然と分かる。
おお、なんだろう? 地磁気が分かる? そもそも、この世界に磁気ってあるのかな?
――わしは骨なぞないが、北は分かるのじゃ! わしは、わしではないわしの居場所は、みーんな分かるのじゃ! じゃから、この星がいかに大きいかよく知っておるのじゃ!
「おおお! お屑さま、すごいです!」
一気に千か所の様子が分かるって、頭がおかしくなりそう。
でも、お屑さまは平然とぴこんぴこんしてる。
――もう終わりだ。竜さまの邪魔をせず、貴様らは寝ろ。
――へーい。
――おやすみなさい。
いつも通りのニーノの号令に、みんなが返す。
おや? そういえば、寝る前に竜さまにこんなふうに挨拶するのは初めてかも。
「おやすみなさい! りゅーさま! お屑さま! ニーノ! シス! ジュスタ! ペロ! スーヒ!」
――うむ。よく休むのじゃ。
――休むのじゃ!
ペロのツボを抱えて、身体を丸める。
スーヒのふさふさの毛がくすぐったい。
風がごうごう鳴ってる。
でも、そのうちに分からなくなった。
*
ごうごう鳴る風の音が耳に戻ってきた。
ちょっと風が温かい。
近くでふきゅーふきゅーと音がする。目を開けると、スーヒが寝てた。
竜さまの指の隙間から、光がもれてる。
「朝です!」
下をのぞいて、金色の光に目がくらんだ。
目をぱしぱししばたいて、ゆっくりのぞき込む。
「おおおおー!」
黄色い砂が一面に広がってる。
「砂漠! さっばーく!」
うぉほっほしたい気分だけど場所がないので、ペロのツボをこんこん弾いた。
――なんじゃなんじゃ! 急に騒がしいのじゃ!
お屑さまがぴこんと起き上がる。
ペロが一瞬、蓋を押し上げて、カチャッと音を立てて引っ込んだ。
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