19.やりたいこと
すっかり会話劇になってます。
「システーナ、今日は頼むぞ」
食堂を出ながら、ニーノが言った。
「おー。じゃ、あたしと行くか、おちび」
「はい!」
ぴょんと立ち上がり、思いついて、部屋に寄った。
「ほら!」
「おぉぉー、すっげぇ!」
大きな身体を小さくして、システーナは竜さまの鱗をのぞきこむ。
「エーヴェの!」
「いいなあ。持ってくか?」
「いいの?」
サーモンピンクの目が丸くなり、すぐさま、にやっと細くなる。
「あたしが持っててやんよ。遊びたいときに出せばいーさ」
「やったぁ!」
手渡すと、システーナがにやにやする。
「――いいのか、おちび?」
「?」
「このままあたしが、ぴょーんと逃げちまうかもしれねーぞ」
きょとんとして、離しかけていた手に力をこめた。
「だめー! エーヴェのー!」
「シスさん! からかわないで、さっさと出発してくださーい!」
げらげら笑うシステーナに、キッチンからジュスタが声を飛ばしてくる。
――まったく、油断できない。
草で編んだ肩かけ袋に、鱗を収めるシステーナをにらむ。でも、立ち上がったシステーナは余裕の表情。
「ほら」
左足を出されて首をかしげた。
「乗っかれ」
――足の甲に乗れってことかな?
足に乗って、ふくらはぎにひっつく。
システーナはそのまま歩き出した。
――あ、昔、こんな遊びやったなあ。
地面から離れて、地面について。自分が動いていないのに、動いていくのが面白い。
「しっかりつかまれよ」
邸を出たところで、システーナが言った。
しがみついたふくらはぎが、ぐっと質量を増す。
「ふ……わぁぁあー――!」
跳んだ。
加速感と浮遊感でぞくぞくする。
スピードが落ちて、高木の枝先を下に眺める一瞬。くるんと天地が逆になり、それから、下降が始まる。
――ひーやー――!
声にならない。落ちるのは、やっぱりぞわぞわする。
地面に降り立った――途端、また跳ねる。
「うわぁ――!」
「すげえだろ」
すげえよ!
跳ぶときに、身体をひねったり、回転させたり。たぶん、システーナにとっては軽い運動なんだ。
――これも個体差かな?
竜さまの鱗を浮かべたい話をすると、システーナは渓谷で止まった。
さっそく、透明な水に透明な鱗を浮かべる。鱗を透かした水は虹色に輝いている。魚の見え方はそんなに変わらないけど、鱗の凹凸でひずむのが楽しい。
鱗と水面が触れる喫水線に、表面張力を感じる。
――うーん、これは乗りたい。
「乗ると沈むぞ」
隣にしゃがんだシステーナが言った。
ニーノもシステーナも、すぐに考えを読んでくる。
「すこーし乗ったらどうかな?」
「……すこーしねえ」
システーナが立ち上がり、手を差し出した。
――なるほど!
手を預けて、そおっと足を乗せる。
浮く! 浮く! 水の弾力を感じる!
「すごいすごい!」
両手でシステーナに引っ張ってもらいながら、ぎりぎり浮いている感触を楽しむ。
「――ほら! もういいだろ」
システーナは軽々私を引き上げ、勢いのまま肩に乗せる。竜さまの鱗を拾い上げ、水気を切った。
荷袋な体勢から、システーナの顔が見える位置にずれる。
「シスはずっとこーせき掘ってる?」
「竜さまが飛ばない間だけな」
目の前に鱗をかざして、システーナが景色を眺めている。
ね、きれいでしょ。
「ジュスタが来たとき、誰かが鉱石を持ってくりゃあ、竜さまがあんまりお腹空かなくて済むって気づいてさ」
「見つけるの難しくなかった?」
「――おちびは本当に賢いなぁ」
鱗を袋にしまって、システーナは笑った。
「竜さまの食事についてったことがあってな。竜さまも鉱石イメージを見せてくれたし。最初はそれを頼りにうろうろしてさ。無駄に丘破壊したりした」
「なんと!」
――やはり、システーナも規格外だ。
「思いつきでなんとかなる話じゃねえって分かったから、今は普段から調べてっけど」
たぶん、ここの大人たちは全員、この環境で一人で生き抜く技術を持っている。
普段から調べているってことは、野宿して、水や食べ物をゲットして、危険なく移動できるってことだ。
――やっぱり、別の世界なんだなぁ。
そんなふうに私もなれるのだろうか?
――というより、ならないと生きられないんだな。
「じゃあ、シス、また行く?」
地面に降ろされて、システーナを見上げる。
「そりゃな。――なんだ、寂しいか?」
にやにやしながら言われると、不服である。
しかし、嘘を言うのも癪だ。
「――さびしい。ちょっとだよ!」
システーナは明るく笑って、胸を叩く。
「当然だな。あたしは素晴らしい」
……ここの大人情報追加。
どいつもこいつも自尊心が高い。
「竜さまが飛ぶ前に、もう一回くらい戻るかな。あー……竜さまに会えねーの、いちばんつらい」
肩の線が下がり、頭が傾く。
ちょっと驚いた。目に見えてしょんぼりしている。
「――シス。みんなで行ったらどうかな?」
竜さまの側にいなきゃいけなくても、みんなで歩いたらいいのでは?
システーナが上手に口笛を吹いた。
「いい考えだ。しかし、竜さまが歩くと、森がやべぇ」
「あ、そっか」
飛ぶのは、周辺への影響も考えての移動手段なんだな。さすが、竜さま。
でも、竜さまと旅をするのは、とても素敵だ。
――今でない、いつか。
「いい考えだな」
しみじみした呟きが落ちてきて、顔を上げる。
ふと、誇らしくなった。
――エーヴェ、賢い!
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