14.なにげなく来る特別な日
ジュスタを追いかけようとしたら、襟首をつかまれた。
「おわ!」
「待て。雨だ」
「ジュスタ、心配ですよ!」
「大丈夫だ。貴様は鍛錬室に来い」
――む? 鍛錬室? 初めて聞くのじゃ!
ぴこんっと伸びたお屑さまを見上げる。
「おお、お屑さま初めてです。邸の上にありますよ!」
久しぶりの体力測定。
ニーノを追い抜いて鍛錬室に入る。
――大きい窓なのじゃ! 見よ! 雨がはじけて、伝うのじゃ! いくつもいくつも、雨粒があたるのじゃ!
「りゅーさま、見えるかなー!」
お屑さまと一緒にガラス窓に張りつく。
――いくつもいくつも落ちてくるのじゃ。雨は熱心なのじゃ!
「雨、強いのです! りゅーさま、見えません」
白くかすんだ視界にがっかりする。
お屑さまは雨の様子が面白いみたい。
――ガラスは面白いのじゃ! よく見えるのに壁があるのじゃ。よく見えるが触れぬゆえ、すこーし遠い感じがするのじゃ!
「ぜんぜん遠くないですよ!」
――遠くないのに、遠い感じがするのじゃ! 面白いのじゃ! ぽはっ!
うーん、ちょっと哲学的。
「エーヴェ、測るぞ」
後から来たニーノに呼ばれて、部屋の真ん中に戻った。
いつも通りの体力測定をして、あの謎の道具を渡される。
――およ? これは山の爪なのじゃ!
「お? そうなのですか、お屑さま?」
切れ目を上にして、棒のわっかを両手でにぎる。計測の姿勢。
――間違いないのじゃ! どうやってこんなにも曲げたのじゃ? 不思議なのじゃ。普通は曲がらないのじゃ。
お屑さまは興味深そうに、ぴこんぴこんしてる。
お屑さまの動きを目で追ってたら、切れ目の間に光が見えた。
「お……?」
――ぽ! 光ったのじゃ!
お屑さまも見たなら、見間違いじゃない。
「ニーノ、光りました!」
「そうだな」
ニーノは一瞬棒の切れ目に手を入れたけど、すぐに道具を取る。
「あれ? もういいですか?」
「いい」
「りゅーさま、飛びますか?」
いつも通り聞くと、青白磁の目がこちらを見下ろした。
「そうだな」
「――お?」
思わず、まじまじニーノを見る。
「二千七百日を超えた。十分な力がある」
「お!」
お屑さまがぴこんぴこんした。
――分かったのじゃ! 今の道具は、童にどれほど山の力が溜まったのか測る道具なのじゃ!
「その通りです。お屑さま」
おおー!
「エーヴェ、成長しました! りゅーさま、飛んでも大丈夫!」
「そうだ」
「おおー――!」
すごい! 私、すごいぞ!
感動で呆然だ。
今までこの日を待ってたのに、いざ来てみると、何をすればいいか分からない。
――童が光るなら、お主はどうなのじゃ?
固まってる間に、お屑さまがぴこんぴこん聞く。
ニーノが小首をかしげた。
「私が、とは?」
――道具で測ってみるのじゃ! 光るのか? どうなのじゃ?
「わ! エーヴェも気になります!」
両手を上げて主張すると、ニーノが難しい顔になる。
「しかし、これはヒナを測るためのもので……」
――巣立った者が測ったことはあるまい! やってみるのじゃ!
「そうじゃそうじゃ!」
ものすごい冷厳な目で見下ろされて、固まった。
とりあえず、お屑さまの腕輪を前に出す。
ニーノは、お屑さまのわくわくには無抵抗だ。
「――では、片手だけで。おそらく、壊れます」
「壊れる?」
危ないのかな?
――壊れぬよう、気をつけるのじゃ!
お屑さまはぴこんぴこんしてる。
わくわくとちょっぴりどきどきで、ニーノの側に寄った。
ニーノは切れ目を上に、片手で輪をにぎって身体の前に差し出した。
ふわっと空気が動いて、お屑さまがふぁたふぁたっと道具に引き寄せられる。
ぱっと鍛錬室全体が明るく照らされた。
ぱん!
はじけ飛ぶような音がして、ニーノの背後に隠れる。
ぷん、と焦げた匂いが鼻をついた。
「わわ! 何か燃えました」
ニーノが眉間にしわを寄せて、手を見ている。
輪の上に出ていた棒の部分がすっかりなくなっていた。
――ぽ! びっくりしたのじゃ! はじけて消えたのじゃ!
「お屑さま、おけがは? 貴様も、何か飛んで来なかったか」
ニーノに見られて、こくこく頷く。
「だいじょうぶ! ニーノは大丈夫ですか?」
ニーノは無言で頷いた。
「びっくり! 何がありましたか?」
――はじけ飛んだのじゃ! よく分からぬが、力が集まって、壊れたのじゃ! ぽはっ! ニーノは山の庇護をたくさん受けておるのじゃ。
おお、それはすてきだ。
「ご満足でしょう。――さ、戻るぞ」
ニーノはにこりともしないで、壊れた道具を台に戻す。
「道具、壊れました。だいじょうぶ?」
「改めて作るしかない。貴様に必要なくなったところだ。まあ、いい」
――どうやって作るのか見たいのじゃ! いつ作るのじゃ?
お屑さまはもう次の興味に移ってる。
「次の付き人が来たときです」
――むむ! それはだいぶ先であろう! むむ、すぐに見られぬのか!
「お屑さまのせいですよ!」
――なんじゃと! 壊したのはニーノじゃ! わしのせいではないぞ!
「へりくつです!」
「止めなさい。それより、食堂に戻るぞ」
ニーノが冷たく言うので、黙る。
――へりくつとは何なのじゃ! わしのせいではないのじゃ!
「お屑さまのおっしゃる通りです。はじけ菓子を作りますので、ご覧ください」
お屑さまをかばうニーノに不服を言いかけて、目を見張る。
「はじけがし?」
――む? はじける菓子か? ぽはっ! 珍妙なのじゃ!
しかも、お菓子だ! 珍しい!
すっかり気持ちが明るくなって、お屑さまと急いで階段を降りた。
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