18.二度目の衝撃
「ぶすくれる」が使いたかったのですが、方言っぽいので止めました。
……方言なの?
ニーノのところに駆けつけようとして、襟首をつかまれた。
「掃除はニーノの好きな時間なんだから、邪魔してやんなよ」
引き留められてむくれる。
「てか、なんでニーノのところ行くんだ? あたしに聞けばいーだろ」
隣にしゃがみ込んだシステーナもむくれている。
もっともな指摘だけど、蒸気機関より鉄の箱の答えが分かりやすい気がする。
「……何をやっているのだ、貴様ら」
岩陰にたむろしているシステーナと私を見て、洞から出てきたニーノが眉をひそめた。
その場に跳ね上がり、質問する。
「ニーノ! エーヴェのせいでりゅーさま飛ばないの?」
「思い上がるな。竜さまの決断に、貴様が干渉した気か」
――いや、そうは思わなかったけど。
「竜さまがおちびを待ってるって言ったら、おめーに聞くって飛び出そうとしてよー」
立ち上がったシステーナが不満そうに説明する。
「なるほど――、事情は分かった。ここでは説明しない。ジュスタが朝食を作っているからな」
「むー――」
ジュスタのご飯は心引かれるが、すぐさま説明されないのは不満である。
「むくれんなよ。ほら、おんぶしてやっから」
頰を膨らませたまま、システーナの背中にひっつく。
ふわっと高くなる視界にわくわくするが、むくれ顔をキープした。
――いやぁ、すっかり子どもが板に付いたなぁ。
「シスさんは不用意に言っちゃうから」
今日もジュスタが葉っぱをむいてくれる。
今朝は普段よりちょっと豪華だ。マッシュしたイモの中に塩漬けの魚肉が混ぜてある。淡泊な白身の川魚で、塩加減がちょうどいい。
「言葉に用意する暇なんてねーよ」
がつがつ食べそうな偏見があったシステーナは、行儀良くご飯を食べている。そういえば、ここは完食文化だ。それぞれの分を、みんなきれいに平らげる。
「エーヴェ、りゅーさまが飛ぶの見たい」
「当然だ。だから、貴様は鍛錬をしている」
積み重ねた葉を脇によけて、ニーノがこちらを見る。
「エーヴェ、この世界は生物の生存に適していない」
ぽかん、と口が開いた。
――生存に適さない? こんなに熱帯雨林なのに?
「貴様は始め、砂地にいた。あの場所に長時間居れば、貴様は死んでいた」
「なんと!」
たしかに砂漠で干からびるとは思うけど。
「あの場所は砂漠だ。しかし、死ぬ理由は水の有無ではない」
おっと、心を読まれたぞ。
「この世界のほとんどの場所には、生物に対して有害な力が存在している。その影響を受けないのは竜さま方だけだ。竜さま方の周辺は有害な力が弱まり、生物が生存できる環境になる」
「ここの森も、竜さまがいるから、これだけ豊かなんだぜ」
「三竜日も離れれば、草木はまばら、虫も鳥も見かけねえ。でも、かろーじて竜さまの力は届いてる」
竜さまの毛や爪を燃料としていることに驚いたけど、その程度じゃない。
もっと根っこから、この世界は竜さまに依存している。
「でも、シスはそこに行ったの?」
木がまばらなそこは、有害な力が働いているのでは?
それに、竜さまの力が及ばない場所にいた私を、ニーノは連れて帰ってきた。
「おちび……、賢いな!」
「そうなんです、エーヴェは賢い」
目を丸くするシステーナに、ジュスタがにこにこして応じる。
――ジュスタもシスも、すぐにほめてくれるから、大好き。
「竜さまの影響を長く受けることで、有害な力に対抗する力が付く」
免疫がつくって感じかな?
「あたしらだけじゃなくて、草も木も虫も鳥も強くなる。だから、この森はゆーっくり広がってんだぜ」
「ほぇー……、りゅーさま、いだいっ!」
うむ、と全員がうなずいた。
「基本的には竜さまに近ければ近いほど、強い影響――庇護があるんだよ。だから、子どもは決まった期間、竜さまの近くにいたほうがいい」
「飛ぶとダメ?」
「遠くなったり、近くなったりすんだろ? ずっとここにいるほうが、結論、短い時間で済むんだよ」
きっと、無意識の時間――寝ている時間でも影響を受け続けているんだろう。
「いつまで待つー?」
「少なくとも、二千五百日はかかる」
「なんと……」
まだあと千日は、竜さまが飛ぶことはないのか。
「エーヴェが早く強くなったら、りゅーさま早く飛ぶ?」
「おこがましい」
強いポーズをして言ったのに、ニーノは冷たい。
「人の努力じゃなくて、時間の蓄積だからね。エーヴェは元気に、大きくなればいいんだよ」
「――ぶんむくれてたけど、上機嫌になったか、おちび?」
にやにや顔のシステーナが、のぞき込んでくる。
「中くらい」
「しかたねーな、あたしのラオーレをやろう」
「おおぉ!」
ラオーレは緑色で、皮がとげとげした果物。
割ると白い果肉に、黒い種が並んでいる。酸味が強いりんごに似ていて、大好きな果物だ。
「俺とニーノさんが育てたんですよ」
「主にジュスタだ」
うっふっふ、と笑いながら、ラオーレにかぶりつく。
――心配しなくてだいじょうぶ。
ラオーレの種を吐きだした。
ひとつ、竜さまが飛ばないのは、私のせいではなく、有害な力のせいだ。
ひとつ、私が十分な免疫を得るまで待ってくれるのは、竜さまの決断だ。
結論、竜さまは優しいから、ちゃんと感謝する。
すばらしい結論に満足して、聞いた話を振り返る。
――おや?
一箇所、気になった。とても、重要な事実がそこに含まれている。
「ニーノ」
席を立とうとしている銀髪を呼び止める。
「……りゅーさまがた」
「なんだ?」
「りゅーさまがた!」
「――ああ」
ジュスタが気がついた。
「竜さまが一人じゃないのかって?」
こくこくこく。
「私が知る範囲では、竜さまは八、いらっしゃる」
「は、ち!?」
「あたし、お三方お会いしたー!」
「なんと!」
「俺はまだ、お二方だけですよ」
はくはく口を動かす。
だって、竜さまって呼ぶから!
固有名詞じゃないから、唯一なのかと思うじゃん? 八って! 八って!!
「エーヴェも会いたいー!」
「叫ぶな。まず、食べなさい」
渾身の絶叫は、平熱のニーノにいなされた。
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