12.いろんな子ども
ハチがぶんぶん飛んでいき、チョウチョがふわふわ飛んでいって、のどかな日和。
包帯だらけのテーマイも、さっきまでのとげとげした感じが消えた。
「すぐに治りますか?」
「ケガそのものはたいしたことはない。ケンカはできるだけするな」
テーマイは鼻を鳴らす。
――ぽはっ! うまくいかないからするのじゃ! 最初からケンカするつもりはないのじゃ。
これは、お屑さまの言う通りだ。
「――そういえば、ニーノは子どもはいますか?」
ニーノに冷たく見下ろされて、固まる。
「わ! ニーノ、怒りましたか?」
――ぽはっ! おかしいのじゃ! 童は子どもじゃ、珍妙な問いなのじゃ!
あ、そっか。ニーノにとって私は子どもなのか。そういえば、システーナやジュスタも育てたんだもんな。
「でも、エステルは子ども産みました!」
――エステル、泥の付き人じゃな! 確かに子がおった! 落ちてきたのでない子は、ニーノにはおるまい。
ニーノは軽く息をつく。
「……エステルは半ば実験だ。貴様は何が聞きたい」
エステルは実験っていうのも気になるけど、ちょっと考える。
「テーマイは、大人になったら子ども産むのは当たり前です。ヒトはどうですか?」
お泥さまの座では、落ちてきたんじゃない子どもがいた。
でも、思い返すと、結婚や夫婦のシステムがあるのかよく分からない。
「――全ての生き物にとって、子どもを作るのは当たり前ではない。到達可能な命題の一つだ」
「え? そーなの?」
――当然じゃ! 生まれて一瞬で死ぬるものがほとんどなのじゃ! 生き物は、生まれて生きるのが当たり前のことなのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんする。
ニーノも異存ないって顔。
「じゃあ、竜さまも子どもを作るのは当たり前じゃないことですか」
――もちろんじゃ。卵を産まずに死ぬる竜もたくさんおるのじゃ。わしも卵は産んでおらんぞ!
「ほー! いつ卵を産みますか?」
――知らぬ! 気分じゃ!
気分か!
「んー、お屑さまは長く生きて子どもをたくさん産んだメスのディーは人気があるって言いました。卵をたくさん産んだ竜さまは、人気がありますか?」
――ぽはっ! ぽはっ! 愚か者! ディーと竜は全然違うのじゃ! 竜は一人で暮らすのじゃ。全ての竜が偉大じゃ。皆が竜を敬うのじゃ! ぽはっ!
分かってたけど、竜さまに子どもがいようがいまいが偉大さはかけらも変わらない。
「――ディーのメスは子育てで頼みになるという話で、ディーそれぞれの価値に変わりがあるわけではない」
ニーノを見上げる。
「子どもを作ることは可能性を増やすということだ。だが、オスとメスがある場合、それは大きな賭けでもある。たいてい産む側により多くの命の危険がある。子どもを体内で大きくする生き物はその期間、捕食者に狙われやすくなる。産む行為自体で命を落とすこともある。子どもを育てることでリスクが高まることもたくさんある」
――生き延びるのは自分か、子どもか、いつも選ばねばならぬのじゃ! 大変なことじゃが、可能性を増やすのは生き物が自然にやることなのじゃ。面白いのじゃ!
「生き物はたくさん賭けをしますか……」
何の話だっけ?
「この世界は古老の竜さまが子を送り込んでくださる。その結果、リスクを取らずとも可能性が増えている」
「おお!」
――古老は他の世界からちょっとずつ拾ってくるのじゃ! その分、他の世界の可能性は減るのじゃ! 大丈夫なだけ拾うのじゃ!
なるほど。よく分かんないけど、世界はたくさんあるのかもしれない。
「子を作ることは、こだわる必要のないことだ。その上、貴様は子どもだ。今は成長するだけでいい」
――そうじゃ! 童は童の好きなことだけ考えるのじゃ! 好きなことを考えた分だけ、わしのような偉大な心を持てるのじゃ!
「おおー!」
話が逸れてる気もするけど、子どもを作ることに重点を置かないことは分かった。
「そもそも、子を作る機能はヒトに一生あるものではない。成長して、機能が備わり、二万日も経たず消滅する」
ん?
――や? 付き人は長く生きるが、竜と違っていつまでも卵が産めるわけではないのか!
「はい」
「おおお、待って待って!」
ニーノが冷たい目で見てくる。
「じゃあ、ニーノは、今は子どもを作れませんか?」
確かニーノは九万日以上生きてたはず。
「当然だ」
ニーノは平然としてる。
そっか。外見は老人になってなくても、ちゃんと時間は経過するんだ。
二万日だったら、私の前のジュスタだって、もう子どもを作れない。
そんな一時的な期間のことを重視しても、確かに意味がないかも。その後の時間がずっと長い。
結婚や夫婦のシステムがあったとしても、一時期の話かな。
逆に考えると、子どもを産んだとしても、その後で長い時間、自分のために生きる時間が残されてる。竜の付き人なら、同じ時間を生きるみんなこそ、家族みたいな関係かもしれない。
「どうした?」
ニーノに聞かれて、にこにこしてる自分に気がついた。
「何でもないよ! 前の世界は大変でした!」
――前の世界? どんな世界じゃ? 童の話はついぞ聞かぬぞ!
「んー、忘れます! 竜さまがたがいて、エーヴェはいっぱい幸せです!」
両手を上げて、宣言する。
――ぽ! 当然なのじゃ! 竜は偉大なのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんして、ニーノもおもむろに頷いた。
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