4.ぼんやりスーヒ
ちり、りん、ちりりりん
スキップの度、軽い音がする。
低い木の間から木漏れ日が射しこんで、まだらに道を照らしている。
「テーマイ、会います、テーマイ、会います!」
「あまり期待するな。会える確証はない」
後ろを悠然と歩いてるニーノが水を差した。
「今日会えなかったら、また明日試します! 何回もやればきっと会えますよ!」
力説して、またスキップに戻った。
きっとボールで遊んでたら、テーマイは会いに来てくれる。スーヒに教える役には、テーマイがぴったりだ。
「でも、同じスーヒじゃなくていいかな?」
「……ディーの気持ち次第だが、悪くない。お互いスーヒだと、食べ物を取り合う相手になる」
思いも寄らなかったけど、確かにそうだ。
「スーヒはいやがりませんか?」
「会わなければ分からない。だが、あのスーヒは警戒心に乏しい。大丈夫だろう」
確かにスーヒはとってもぼやっとしてる。一昨日、ニーノとジュスタの帰りが遅かったのも、スーヒと一緒だったからみたい。
治療が始まったのは昨日。治療の前にお風呂に入れられてた。ニーノによると、毛がなくなると病気になりやすいから、予防だって。
見た目が、完全に動物園のカピバラ。
気持ちよさそうで私も入りたかったけど、この世界ではお風呂は特別だ。
毛を剃るときは暴れるかと構えたけど、スーヒはとてもおとなしかった。見知らぬ人間にぽとぽとついて来ちゃうんだから、当たり前かもしれない。
ジュスタのナイフを身体に当てられたら、意味が分かっててもぞっとすると思うけど、お風呂で気を良くしてたのかな。
つるつるになってから、ニーノが薬を塗りつけて布でぐるぐる巻きにしてた。
その後、食堂の一角でぼんやりしてる。
夜は元気になるとお屑さまが言ってたけど、枯れ葉や木の切れっ端をかじる音がするだけで、あちらこちら動き回ることはない。
――ずっと穴の中におって動くのを忘れたのじゃ! ぼんやりスーヒじゃ! こんなことではすぐに食べられるぞ!
お屑さまはすごく心配してる。
でも、ぼーっとしてるのに、口だけ忙しく木をかじってる顔は面白い。
身体をかこうとして、布の下の身体がつるつるになってるのに、ちょっと固まってからかくのも面白い。たぶん、毛を剃られたことを忘れちゃうんだな。
ニーノが治療する動物は、たいていヒトに見られるのをいやがるから、このスーヒは新鮮。その分、危なっかしいってことだ。
テーマイが先生を引き受けてくれるといいなぁ。
ディーは臆病だから、きっと逃げたり隠れたりも上手だ。
ニーノとボール遊びして待つ。
そういえば、ニーノとボールで遊ぶのは初めてだ。
「ニーノ、ミクラウモ、調べましたか?」
ころころとボールが行ったり来たりする。
「調べているところだ。どうも不思議な花だ。周りの生き物を酔わせたり、眠らせたりする利点が分からない」
「りてん」
「酔わせたり、眠らせたりするには工夫が要る。ふつう、生き物は必要なこと以外は工夫をしない。食べること、生きること、子どもを残すこと。それ以外の目的で工夫をするには、死が身近すぎる」
ニーノの蹴ったボールは目の前に戻ってくる。おかげでとても蹴りやすい。
「ミクラウモにとって、必要なことって何かなぁ?」
「今のところ、不明だ」
「ほー」
じゃあ、楽しいからかな?
楽しいのはきっと、誰にでも重要だ。
でも楽しいから周りを眠らせたり酔わせたりするのは、とっても怪しい。
「――エーヴェ、貴様がテーマイと会ったとき、ボールを転がしていたのか?」
首をかしげる。
「んー、違います。……投げてた!」
「では、同じ動作をしろ」
ニーノから転がってきたボールを拾い上げる。
確かあのときは、ボールを上に投げてた。
思い出しながら、同じ動きをする。
ニーノは両手を後ろで組んで、じっと立ってる。
無言。
しばらく続けて、今日はダメかなと思い始めた頃、かさかさと葉っぱが揺れる音がした。
「――あ、テーマイ?」
「貴様はそのまま続けろ」
静かな声で、でも鋭く言われて、ボールをまた投げ上げる。
がさがさっ
茂みが揺れる音はだんだん近づいて、がささっと大きな音がした。
表情の読めないテーマイが、耳を揺らして立っていた。
「テーマイ! こんにちは!」
駆け寄ろうとすると、ちょっと逃げられる。
「テーマイはボールで遊びに来ただけだ。距離を詰めるな」
「おお……、じゃあ、はーい!」
ボールを転がすと、ちょっとこちらを見つめる間があって、ととっとボールに近づき、鼻で押す。
ころころ返ってくるボールが嬉しい。
夢中で遊んでるうち、ニーノがテーマイに近づいた。
私はダメなのに、ニーノは距離を詰めるから不公平だ。
お鼻挨拶をしてから、しばらく沈黙。
「――そうか」
ニーノが振り向く。
「邸に来てくれる。行くぞ」
「――ふおぉ! テーマイ! 先生になってくれます!」
ぴょんぴょん跳ねて近づく。
テーマイはぴょんと後ろに跳ねた。
「び!」
「みー!」
「急に近づくな。ディーは臆病だ」
「はーい!」
さっそく邸への道をたどる。
振り返ってもテーマイの姿は見えないけど、ニーノは気にしてない。だから、たぶんついて来てる。
テーマイ、スーヒ、ペロ、ジュスタ、ニーノ、お屑さま!
「邸がにぎやかになります!」
「――そうだな」
ぽーんとボールを高く投げ上げた。
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