3.ひかりもの
ご飯を食べてもまだ二人は帰ってこない。
「りゅーさま! エーヴェ、菜園の世話をしてきます!」
竜さまは頭を床に降ろしてる。閉じていた目がうっすら開いた。
――ほう、エーヴェは働くのか?
「エーヴェ、いつも菜園の世話をしてから鍛錬に行くよ! ニーノとジュスタがいなくても、世話してるとエーヴェは立派です」
――うむ。それは立派である。
首を上げて、竜さまは頷く。
――気をつけて行くのじゃ。大きな獣を見かけたら、わしを呼ぶがよい。
「お? 大きな獣がいますか?」
クマかな? オオカミかな? やっぱりネコ?
竜さまはゆったりと首をめぐらす。
――ここや邸にはめったに近づかぬが、ニーノやジュスタがおらぬから、万一と言うことがある。
「はい! 終わったら戻ります!」
――ペロも行くのじゃ。
見ていると、竜さまの後ろのほうからペロがのそのそやって来た。
「ペロー、行きますよ!」
大人がいなくてもちゃんとできてます!
誇らしい気持ちで、わくわく歩く。
菜園で植物に挨拶して、麦に寄ってきていた鳥をペロと二人で追い立てた。
スズメよりも小さくて地味な鳥。枯れ葉色で、風切り羽にちょっとだけ鮮やかなオレンジがある。
可愛いけど、麦を全部食べられたら悲しい。
「わー――っ!」
叫びながら、駆け回る。
……かかしや鳴子を作ったらどうかな?
鳥たちはなかなかあきらめない。
よく考えると、一人か二人で畑を見るなんてすごいことだ。
「やっぱりニーノが食べるなって鳥さんや動物さんに言ってるのかな?」
だとしたら、ニーノがいないときに食べに来る鳥や動物は裏切り者だ。
憤慨しながら、鳥を追った。
ペロは一度鳥を飲み込んでたけど、怒られたのを覚えているのか、すぐに吐き出す。えらい。
しばらく経って、やっと鳥の姿が見えなくなった。
「ペロとエーヴェに恐れをなしました!」
ぴょんぴょん跳ねてから、ペロと竜さまの洞に戻った。
遠くに見えてきた洞の入口から、誰かが出てくる。
「エーヴェ、おかえりー」
「あー! ジュスター!」
ペロの走りが速くなる。私も急いだ。
「おかえりー!」
「ただいま。――あ、ペロもただいま」
ペロも抱え上げてもらって、鉢の端でうぞうぞしてる。謎の動き。
「ヒカリゴケ取れましたか?」
「取れたよ。それから、お客さんもいる」
「お? お客さん!」
降ろしてもらって、洞に駆け込む。たくさんのカゴとニーノとお屑さま、そして床に動物がいた。
四つ足でふかふか、ずんぐりしてる。カピバラに似てるかな?
そして、ぼんやり光っていた。
「これはスーヒ。枯れ枝や葉、木の実を食べる。土を掘って巣穴を作る」
――夜のほうが元気なのじゃ! 今は明るくてぼーっとしておる! 童! また口が開いておるのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんするので、むぐっと口を閉じた。
「スーヒ、エーヴェだよ! はじめまして!」
挨拶しても、スーヒはほとんど動かない。竜さまの前で堂々と座ってるから、そんなに大きくないのに大物みたい。
「……ホントにぼんやりしてます! どうして来ましたか?」
――このスーヒがぼんやりしておるからじゃ!
お屑さまの説明、たぶん要点だけ。
「今、竜さまに報告していた。貴様も座れ」
スーヒの隣にあぐらをかく。
のぞき込んだスーヒは、鼻だけひくひく動いてる。
ジュスタも座り、ペロはジュスタの陰に移動した。ちゃんとニーノから見えない。
――エーヴェは、ヒカリゴケが光る時間が違うのは知っておるか?
ぶんぶん首を振る。
ニーノが頷いた。
「ヒカリゴケといっても違いがある。光る仕組み、光る時間帯、光の色や強さ――」
ジュスタがカゴを開けて、見せてくれる。
ふかふかでいろんな形のコケ。今もぼやっと光ってるコケもある。
「おお……だから、たくさん集めました!」
「そうだ」
「それでも、一晩中灯りをもらうのは難しいけどね。どうしてもとなれば、火を灯せばいい」
カゴの蓋を閉めるジュスタに、首をかしげた。
「なんでいつも火にしませんか?」
――火はなんでも構わず燃やすのじゃ! 童も船も燃えるのじゃ! ぽはっ!
「なんと!」
ジュスタが眉を下げた。
「ちょっと言い過ぎだけど、お屑さまのおっしゃる通りだよ。火は何かを燃やさないと明るくならない。でもヒカリゴケなら、仲良くしてればずっと光をもらえる」
なるほど。持続可能灯りだ。
「それには、管理方法を学ばねばならない。それはこれからだ」
――ヒカリゴケを集める間に、スーヒに会ったのじゃな?
竜さまを見上げて、ニーノは頷いた。
「はい。このスーヒは子どもの頃に岩の裂け目から中に滑り落ち、出られなくなったそうです。裂け目で食べられる物は、時折落ちてくる枯れ葉や枯れ枝と、岩に生えたコケだけでした。本来、コケは好きではないはずですが、よく生き延びたものです」
「おお!」
子どもの時からずっと外に出られなかったなんて、とっても悲しい。
「その岩に生えたコケに、ヒカリゴケが混ざっていました。長く食べていた結果、このように光るようになったのでしょう」
――光るスーヒなど、初めて見たのじゃ! 面白いのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
きっとお屑さま、スーヒに会ったとき、大興奮だったはず。
「このまま森に帰しても食べられる可能性が高いので、治療を勧めました」
――治療とは?
「いったん毛をそり落とし、通常の食事と運動をし、光らない毛が生えそろうのを待ちます」
「お! スーヒ、しばらく邸にいます!」
両手を上げたら、スーヒがぴくっとしてこっちを見た。
「おびやかすな。――毛には不要な物質が蓄積することが多い。このスーヒもそうだ。しかし、毛皮を着た動物にとって、毛がないことは命に関わる。邸で過ごすほうが安全だ」
「光る毛をもらえるから、何か作れると思うんだ」
ジュスタはにこにこしている。
「うわー! 面白いです! エーヴェもやります!」
ぴょんぴょん跳ねたら、竜さまがじっとこっちを見ているのに気がつく。
「りゅーさま?」
――うむ。どうやらこのスーヒ、森で生きる術を知らぬ。誰か、教える者のあったほうがよい。
――わしが教えてやってもよいが、逃げ方や隠れ方なぞは知らぬ!
――竜とは生き方が違うゆえ、わしらでは教えられぬだろう。
竜さまとお屑さまの会話を眺めて、はっとひらめいた。
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