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17.朝の衝撃

 結局、竜さまの洞で夜を明かした。

 気温が下がってくると、竜さまが首でみんなをくるんだので、幸せに、瞬時に眠りに落ちていた。


 朝、私を揺り起こしたのは強い歌声だ。

 まだ光が夜空を塗り替えはじめたばかり。そこにとどろき渡る声量に、圧倒される。

 システーナが、堂々と歌っていた。

 草原で遠くに響かせる歌のように、長く伸びる声はびりびりと細胞まで震わせる。

 音の数はとても少ない。オペラと同じで、何を言っているのかは分からない。

 歌が終わって、ゆるゆると鳥の声が耳によみがえってくる。


 思わず、手を叩いた。にかっと笑顔を向けられる。

 ――システーナの声は、よく聞こえておった。

「はい! いつも竜さまに届くように歌ってました!」

「りゅーさまも歌う?」

 頭を真上に向けて聞く。

 ――ふむ。試してみるか。

 竜さまは首を起こし、しっかりと口を閉じる。

 軽く羽を持ち上げた。


 クウォー――ン


 長い首が振動している。

 穏やかに金属をすりあわせたら、こんな音になるだろうか。お寺の鐘のように、遠くでも聞き取れる響き。


「――ぅわ!」

 優しい響きに聞き惚れていたら、身体がバラバラになりそうな振動の低音が走った。


 ――む?

 竜さまが声を止める。

 ――低い音は害になるか。

「んん、とてもいい声!」

 身体ががくがくするので、拍手が散漫だ。

 しかし、大人たちはすでに、スタンディングオベーションだった。

 ――たくさんの音を出すのは、難しい。

「十分に素晴らしいお声でございました」

 ジュスタやシステーナは、言葉もないらしい。


 そこに、なぜか一羽の小鳥が飛んでくる。竜さまの鼻先に止まった。


 ぴよぴよぴよぴよひーよひーよひーよひーよかっかっかぴー――ぴよぴよぴよ


 ひとしきりさえずって、満足したのか飛んでいく。

 ぶわっ、ばっと竜さまが笑う。

 ――自慢げな!


 竜さまが楽しそうで、幸せだ。



「なぜ――、竜さまの側にいるだけでは生きられないのか」


 素晴らしい歌声の余韻にぼーっとしている耳に、ニーノの珍しい駄々が届いた。

「それは、竜さまから栄養を吸う生き物にならないといけないですね。俺は、吸いたくないなあ」

「これほどの感動を受けているのに、これでは不十分なのか。生きるには、物を食べ、身体の清潔を保ち、睡眠をとる必要がどうしても消えない」

「不十分なんだよなぁ。肉体(からだ)がある以上、食べねーと。肉体のおかげで、あたしたちは竜さまに認識していただいて、こうやって日々新たな感動を恵んでもらえるわけだろ」

「不健康で息も絶え絶えな人間にまとわりつかれる竜さまは、見たくないですよね」

 爽やかな空気の中、すごく真面目に話してるけど、議題がただの推し活なんだよなあ。


 それぞれ、何か納得する間があった。

「まずは生きることだ。――では、清掃を始める」

「今日も俺が食事番ですね。じゃあ、竜さま、また後で」

「じゃ、おちび、遊ぶか?」

「シスさんは手伝ってくださいよ」

「ぃやだ、一日くらいだらだらすっからー」


 清掃のために洞を追い出され、システーナとかけっこする。

「シス、歌じょーずだね」

 システーナの一歩は、私の四歩くらいあった。

 小型犬と飼い主みたいな状況。

「だろ?」

「なんて歌ってたの?」

「空は竜を待つ、翼が風を起こす日を」

 たくましい腕が、高い岩に登るのを手伝ってくれる。

「続きもあるぜ。森は竜を待つ。影が日をさえぎるときを」

 竜さまが空を飛ぶ歌なのか。

 たしかに、あの大きな羽が空をかいて飛ぶのは、考えるだけで胸が震える。

 岩の上に立って、すっかり白くなった太陽に目をぱちぱちした。

「りゅーさま、飛ばないの?」

 何気ない質問なのに、一瞬の間があった。

「あ? まだ聞いてねえのか。おちびがもちっとしっかりするまで、竜さまは飛ばねーよ」

 ――え?

 システーナを見上げる。

「竜さまはお前を待ってんだよ。だから、退屈でもここに座って、飯も食わずにいんの」

 ――ええぇぇぇぇ?

 あっさりと告げられた言葉に、頭を殴られたように立ちすくんだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎話、感動や感激が体感でじ、心のある曇りが晴れる気がします。壮大で大げさなことで感動するのではなく、誰しも身近な日常にあること、うたうことや食べること、で感動を覚えるのがいいですね。
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