1.お留守番
下の前歯が両方とも抜けて、生えかわりの歯が顔をのぞかせてる。
――最近童はちゃんと口を閉じておる! わしの導きのたまものなのじゃ!
お屑さまは得意そうにぴこんぴこんするけど、ずっと前歯の辺りを舌でさぐっちゃうせいだ。
今朝は潰したイモの葉包み焼き。ほくほく食べていたら、食べ終わって皿を重ねているニーノがこっちを見た。
「エーヴェ。今晩、ジュスタと私でヒカリゴケを取りに行く」
「お! 船の灯りです!」
口の端にイモがついてるとニーノに示されて、指でぬぐって食べる。
「いつ行きますか?」
わくわくする。
「日が沈んですぐに発つ。貴様は竜さまの洞で留守番だ」
口がぽかんと開いた。
「エーヴェは行きませんか! 何で?!」
「夜の間にいろんな種類のヒカリゴケを集めるんだ。エーヴェは寝る時間だよ」
ジュスタはハーブティーを飲みながら、眉を下げる。
――わしも行くのじゃ! ヒカリゴケを見るのじゃ!
「はい、お屑さま」
ぴこんぴこんのお屑さまに、ニーノはうやうやしい。
「エーヴェも行きたいです!」
主張して、はっと気がつく。
「りゅーさまのところでるすばん? りゅーさまと一緒に寝ていいですか?」
「許す。システーナがまだ戻らない。邸に貴様一人では心もとない」
「ペロもいますよ!」
「ペロと貴様では心もとない」
きっぱり返された。
「シスはどこにいますか?」
「分からん。まったく連絡してこない」
システーナは船を浮かべた日に飛び出して、さっぱり帰ってこない。六十日くらい経ったかな。
その間にペロのことがちょっと分かった。
「どうやらペロは、物を押さえつけて固められるみたいだね」
ペロの修理した船をいろいろ調べて、ジュスタが教えてくれた。
折れた木やへしゃげた板をぎゅーっと押して、型押しみたいに固めてたらしい。
押さえてるだけだから、ずっと付いたままではないけど、応急処置には十分。十日くらい、船はちゃんとペロに浮かんでた。
ペロの型押し特性に、珍しくニーノも興味があるみたいだった。
「粉の薬を固められたら使いやすいだろうが……」
「ペロはいつでもやるわけじゃないですからね」
ケガを治すのとおんなじ。ペロの気分なので、いつ粉を固めてくれるか分からない。
船の改造も、ジュスタには面白かったみたい。
「ペロは何かが分かってこうしたのか、ただの偶然なのか、そこが気になるんだよなぁ」
舵が縦向きから横向きに変わっていたり、船が丸っこくなっていたり、マストが上下逆だったりしたらしい。
「ペロ、これはどういう気持ちで向きを変えたんだ?」
船を見せながら、ジュスタはペロにたびたび聞いてたけど、ペロはジュスタの周りをぐるぐる回ったり、ぺちょったり、ほよんとしたりで、結局謎のまま。
――赤子は何も考えておらんのじゃ!
お屑さまは偶然派。
――ペロなりに懸命に直したのじゃ。何かのひらめきであろう。
竜さまは偉大!
ペロはいろんな特性があって、すごい。いや、まだ、すごそうかな?
意思疎通ができないから、何かを頼むことができない。すごいところもいまいち活かせない。
不思議なのは、誰もペロに練習させないこと。
ケガを治すのはケガをしないといけないから難しいけど、物を押し固めるのは何度も練習したら、さらっとできるようになるかも。
でも、大人は誰も練習させない。
「ニーノ、なんでですか?」
「特性があってもなくても、ペロはすでに竜さまの付き人だ」
ニーノがとっても冷たい目で答えた。
「――おお!」
ニーノはやっぱり、とってもニーノです!
でも、粉を固めるところが見たいので、ときどきペロと泥だんごを作って遊んでいる。
*
むーっと腕を組んで考える。
ジュスタとニーノについて行って、ヒカリゴケを取るのを見たい。でも、竜さまと一緒に寝られるのはとっても嬉しい。
「ニーノとジュスタ、たくさんヒカリゴケ取ってきます……むー」
「貴様は竜さまのところで留守番だ」
「……いいよ! ゆるす!」
ぷっとジュスタが隣で噴きだした。
「りゅーさまのーほーらーにーとまりますー! ゆうごはんーかごにいれーほーらーにとまりますー!」
「歌わずに食べなさい」
「はい!」
にこにこしながら、葉包み焼きにかぶりついた。
鍛錬を終えて、竜さまと夕陽を眺めに来ると、カゴを背負ったジュスタが洞に待っていた。
「それでは、エーヴェをお願いいたします」
――うむ。屑よ、二人を頼むぞ。
――ぽはっ! 任せておくのじゃ! 問題ないのじゃ!
お屑さまはジュスタの腕でぴこんぴこんしている。行こうとするニーノを引き留めて、ジュスタとみんなで夕陽を眺めた。
満足です!
「じゃーねー! 気をつけてねー!」
「貴様は竜さまにご迷惑をおかけするな」
冷たく見下ろされて、胸を反らす。
「大丈夫ですよ! ペロとおするばん!」
「るすばん」
「るすばん!」
手を振って二人とお屑さまを見送った。
大人二人は一瞬で姿が見えなくなる。
「二人ともとっても速いです」
――うむ。
よし。私も準備だ。
鍛錬の間に集めた枯れた草を竜さまの近くに敷く。竜さまの背中で寝てもいいけど、ペロは竜さまに乗れないので、床にベッドを作る。
枯れ草の小さな山の上に、布をかけて腰かけた。
うーん、いっぱい集めたつもりだったけど、ふかふか不足かな?
「りゅーさま! エーヴェ、ご飯食べます!」
――うむ。
「これが干したサーラスとキノコが入ったトウモロコシクレープです! こっちがラオーレ」
――ふむ。
竜さまは金の目を細めて、こっちを見下ろす。
「竜さま、最近ご飯食べません。お腹空きますか?」
ふっと鼻息が上がった。
――少しばかり空腹なほうが飛ぼうという気も起きる。それに、シスが今度は何か持って帰ってくるやもしれぬ。
やっぱり、お土産楽しみなんだな。
クレープをほおばりながら空を見上げて、見つけた金色の星にはっとした。
「りゅーさま! エーヴェ、星座見つけましたよ!」
無数に浮かんで法則性を見つけられないと思った星も、ずっと見ていれば変わらない形を覚えた。
「あの金の星は、りゅーさまの目ですよ! 羽が右側に広がって、尻尾がこうつながります!」
指で指し示す。
――ふむ、なるほど。わしか。
しばらくリラックスモードだったペロが、のそのそ動き始める。
……あれは、竜さま一周コース。
――皆はおるのか?
「うーん、人間は探すのが難しいです。あれはお屑さまに似てます!」
――屑は、星座でもたくさんいそうじゃ。
言われてみれば、あっちもこっちもお屑さまに見えてくる。
「前、おどろさまの星座も見ました! でも、今は見えません」
――ふむ。では、裏側の空に行ったのであろう。
しゅっと空を星が横切った。
流れ星だ。
前の世界ではめったに見かけなかったけど、星がたくさん見えると、流れ星は一晩に何度も横切る。これなら願いもかけ放題だ。
――エーヴェ、もっとたくさんの星座を見つけるとよい。
竜さまの声に背筋を伸ばした。
「あ! ペロもあるよ! ペロはあそこの丸いのです」
八つの星が、丸く並んでいるのを指す。
――うむ、よいぞ。木や鳥もおるとよい。竜だけでは空は広いのじゃ。星座は、わしにはよく分からぬ。ゆえに、エーヴェが頼りである。
おおお! 竜さまに頼られます!
「分かりました! エーヴェいっぱい探します!」
空の竜さまの周りに、いっぱい生き物を増やそう。テーマイやホシガラス、ミクラウモを探して星空を見上げる。
ニーノやジュスタ、システーナも見つけたい。
でも、やっぱり竜さま座は立派なので、誇らしい気持ちになった。
「あ! あれ、エーヴェですよ!」
竜さま座の側に、ちょこんと光る赤い星。
空の上でも、竜さまと一緒だ。
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