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20.いつもさよならできない

 薄暗い森の中で、毛並みの色はよく分からない。

 首から尾のほうへ走る縞模様がうっすら分かる。

「テーマイ、大きくなりました!」

 最後に会ったときは同じくらいの背だったのに、今は見上げる高さ。すっかり大人のディーになってる。

「えーっと、エーヴェも歯が抜けましたよ! エーヴェのこと、覚えてますか?」

 テーマイはしばらくこちらを見つめた後、またボールに近づいてくる。

 ……少なくとも、ボールは覚えてる。

 考え込んで、はっとひらめいた。

「――み!」

 叫ぶと、テーマイは耳をひらっとさせ、ボールからこっちへ目線を上げた。

 すかさず、ぴょんぴょん跳ぶ。

「エーヴェだよ! 覚えてますか?」

 何度か繰り返し、鳴いてぴょんぴょん跳ぶ。

「――び」

 テーマイが出した声は前より低い。

 ととっと土を蹴って、ふわっと跳び上がる。

「おお!」

 軽く跳んでも、前よりずっと高い。きっと私くらい飛び越えられる。

「テーマイ、覚えてます!」

 嬉しくて跳ねてると、テーマイはまたボールのほうへ歩いた。

 鼻先で何度か上手に転がしてから、とんっと強く突く。


 ちり、ちりちりちり……


 ボールは私の足下で止まった。

「お?」

 テーマイを見る。テーマイはしばらくこっちを見たあと、ととっと跳ねた。

「おお!」

 テーマイに向かってボールを転がす。何度か鼻面でボールを転がして、またボールをこっちに走らせる。

 すごい! テーマイとボール遊びができてる!

 あのときはずっとテーマイだけボールで遊んでて、こっちにボールが返ってこなかった。それが、テーマイから「遊ぼう」と誘われたみたい。

「素晴らしいことです!」

 ボールに鈴がついててよかった。

 森はだいぶ暗くなったけど、音で方向が分かる。

 あっちに転がし、こっちに転がし。

 テーマイは満足した様子で、その場に座った。

 真似して私も、その場に座った。


「――いたか」

 降ってきた声を、見上げる。

「ニーノ!」

 空から隣へ降りてきたニーノに、ぐわっしとしがみついた。

「大変ですよ! ジュスタとお屑さまが寝ちゃいました!」

「寝た?」

 顔を上げたところで、ニーノとテーマイの目が合う。テーマイは立ち上がって、ニーノに(あい)(さつ)した。

 お鼻あいさつです!

「……あのときのディーの子どもか」

「テーマイだよ! エーヴェとボールを覚えてたよ!」

 意気揚々と報告する。

「そうか。だが、まずは、お屑さまとジュスタだ」

 ジュスタに近づこうとするので、しがみついたまま引き留める。

「待って待って! ミクラウモの粉がついたら、ニーノも眠ります!」

「ミクラウモ?」

 お屑さまが教えてくれたミクラウモについて説明する。

「そんな花が……。しかし、花粉で眠るとはまだ言い切れないか」

「でも、エーヴェは粉がかかってなくて起きてます」

「お屑さまは?」

 腕を見ると、相変わらずぷらーんとしてる。

「分かんない。お屑さまは急に寝るってシスが言ってました」

 ニーノは首をかしげて考え込んだ。

「――触らずにどういう成分か確かめるのは難しい。ジュスタに触れずに運ぶことはできるが……」

 触れずにどうやって運ぶんだろう。

「テーマイ、ジュスタ運んでくれないかな?」

 テーマイはまだなんとなくボールの側にいるけど、急に耳を立てて一方向を見つめた。

 緊張した雰囲気に、そっちを見てみるけど何もない。

「テーマイ、どうしましたか?」

 近づくと、テーマイはととっとひづめの音をさせ、茂みにぴょーんと飛び込んでしまった。

「あ! テーマイ!」

 がさっがさっと草むらを揺らす音が何回か聞こえて、その度に遠くなっていく。

「あー! テーマイ、帰っちゃった!」

 また、さよならができませんでした。

 ショックで地団駄踏む。

「機会があれば、会えるだろう。――それより」

 ニーノはテーマイが消えたのと反対方向に目を向けた。



 がさがさがさがさ――


 音が聞こえていた。

 規則正しく近づいてくる。

「もしかして、テーマイが逃げた理由ですか」

 小さい声でニーノに聞く。

「……そのようだ」

 おお! だとすると、大きなネコかもしれません!

 ささっとニーノの影に隠れる。

 テーマイと違って、ニーノは緊張してない。

 音はだんだん近づいてくる。


 がさっと音を立てて茂みから突き出した物に、ぽかんとした。

 白い布。ワンピースと同じ色だ。

「船ですよ!」

 よく見ると、薄く膜で覆われている。

「ペロー――!」

 茂みをかき分けると、船を包んだペロがいた。

「ペロ! 戻りました!!」

 両手を上げて、おかえりを叫ぶ。

 ペロは道に出ると、船を包んだ膜を取った。頭に船を浮かべた形になって、すささっとジュスタのほうに走り出す。

「うわー! 地面を船が走ってます」

 水の中にいたおかげでペロはいつもより大きくて、船を浮かせてもたっぷり余裕がある。バサバサ帆をふくらませてるけど、動いてるのは船じゃなくて水のほう。

 変な景色。

 ペロはニーノのことをさけて、とても大きなカーブでジュスタにたどり着いた。

 くの字で倒れてるジュスタの頭に乗る。

「ペロ、ジュスタ寝てますよ。ミクラウモの粉がついて、その後から眠ります」

 側にしゃがんで説明した。

 ペロはしばらく固まっていた。

 見ていると、ぷるぷる震え始める。

「ペロ、震えてますよ! 大丈夫?」

 ニーノは黙って見てるだけだ。

 そのうち、ジュスタの顔に乗っかって震えるペロから、粉が出てきた。

「――お?」

 ペロがぷるぷるした所では、ミクラウモの粉が取れてる。

「……ふわー! なんと! ペロ! なんと!」

 これは、洗い粉を吐き出したときと同じです!

 時間はかかったけど、ペロはジュスタからミクラウモの粉を取ってくれた。

子どもの頃の記憶は長く残ります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やってきたニーノに一安心した以上にテーマイに癒やされたー!森の中で森の動物といるのはなんだかホッとします。凶暴なのはいやですが。 ボール遊びに誘うテーマイが嬉しい。母親が怪我をしていて心細…
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