19.森の音
腕輪にいるお屑さまを見る。
……ぷらーっと垂れ下がったまま。
「きっとこれも、ミクラウモのしわざです!」
ミクラウモの粉がたくさんかかったから、寝てしまったにちがいない。ジュスタの上着のおかげで、私は眠らずに済んだ。
「……どうしよ?」
さっきまで木漏れ日ふる森に思えたけど、今はもう日が傾いてきている。
ジュスタはいつ起きるだろう? ジュスタが夜まで起きなかったら、きっとニーノが来てくれる。でも……。
ジュスタの腕を引っ張ってみた。やっぱり、重くて動かせない。
私四人分くらいあるな。
一人で邸に帰ってニーノを呼んでくる? でも、けっこう遠い。
「むー――」
お屑さまが起きてたらいいのに。
「……きっとジュスタ、すぐ起きます!」
ジュスタが見える所で、起きるのを待っていよう。
木を登ったり、降りたり。歩く邪魔になりそうな枝をナイフで切ったりする。少し道が広くなったので、リュックにくくりつけたボールをとって、蹴って遊んだ。
前にジュスタがリフティングをやってた。真似をしてみる。
むー、なかなか難しい。
「ジュスタ、起きましたか?」
ボールが転がる度に、ジュスタの顔をのぞき込んだけど、あいかわらず、ジュスタは眠っている。
だんだん日が傾いて、森の中がうっすら暗くなってきた。
やっぱり、走ってニーノに知らせに行ったほうがいいかな?
大きなネコがいると聞いたことがある。サーラスを取りに行ったときには、キツネっぽいのが見えた。
一人で森を歩くのは危ないかもしれない。
さっき腕を引っ張ったせいで、ジュスタはくの字に身体を曲げて地面に転がっている。
「むー――」
腕輪を見る。お屑さまはときどき風にそよいでいる。
「むー――」
いつも聞こえる鳥の声や何かが動く音が、楽しいものじゃなくなった。よーく耳を澄まさなきゃいけない気がする。
「りゅーさまー――!」
洞の方向に叫んだ。
「ニーノー――! シースー――!」
邸の方向に叫んだ。
しばらく待ってみる。森の音しかしない。
「むー――」
どうしようかな。このまま暗くなったらとってもいやだ。
ジュスタもこんなところで転がってたら、風邪を引くかもしれない。
「りゅーさまー――!」
だいぶ心細くなってきたぞ。
ボールを上に向かって投げて、取って、また投げ上げて、取る。
ジュスタの隣で繰り返してると、鈴の合間に葉っぱがこすれる音がしている。
投げるのを止めて耳を澄ました。聞こえない。
ボールを投げると、また聞こえる気がする。
「誰かいますか?」
声をかけた。返事はない。
うーん、だいぶ暗くなってきた。このままじゃ、竜さまとの夕陽も間に合わない。
遠足以外で暗い森にいたことはない。夜中でもずっと鳥や動物、虫の声が聞こえるから、日が沈んでから動物たちは出歩くのかもしれない。
「むー、ジュスタ、早く起きますよ!」
ゆさゆさ揺さぶってみたけど、ジュスタは目を覚まさない。なんだか嬉しそうにも見える。
「困りました!」
ぶんぶん手を振ると、ボールの鈴がちりちり言う。
がさがさっ
はっきり聞こえた音に、固まった。
とっても近い。
何かいます!
がさっがさっ
結構大きい何かだぞ?
「……あ! ペロですか?」
長いこと水の中にいて、大きくなっちゃったのかも。
ペロはジュスタが大好きだから、邸まで運んでくれるかもしれない。
いや、ペロも小さいから、無理かな?
「……ペロー?」
ボールを抱えて、音がした茂みをのぞき込む。
がさっ
「わ――!」
大きな影が枝の間から飛び出た。
ぬっと現れた黒いかたまりに、尻餅をつく。
「を、を?」
びっくりして、慌てて後ずさった。
何だ? 何だ? ネコ? キツネ? は! ジュスタが食べられないようにしなきゃ!
とにかく、ジュスタのほうに急ぐ。
混乱する視界に、かたまりの右端がふるっと揺れたのが映った。
……ふるっ?
大きく息をして、ちゃんとかたまりを見つめる。
ふるっとしたのは、ふかふかの毛が生えた耳。
がさがさと茂みをかき分けて出てきた四本足。
すうっと伸びた首の上に、小ぶりな角の生えた頭がある。
「――ディー!」
ディーはこっちを見て、二回耳を振るわせた。
それから頭を下げて、足下の匂いをかぐ。
……何か探してるみたい。
しばらくして、ディーの鼻先がボールに当たった。
はっとして、両手を見る。
びっくりした拍子に、ボール、転がって行っちゃったんだ。
ディーはボールを鼻面で転がした。
転がって行ったのを追いかけて、また転がす。
……あれ?
ディーはボールで遊んでる。
目をパチパチした。
ディーは大人だ。小さい角もある。でも、ボールを知ってる……。
「――テーマイ!」
両手を突き上げて、叫んだ。
ディーはびっくりして、後ろに跳ねる
でも、逃げ出すまではない。
しばらくこっちを見つめてから、左の後ろ肢で顎の下をかいた。
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