18.ミクラウモ
ちょっと長くなりました。
鍛錬のルートは決まってるけど、毎日ちょっとずつ変わっていて、歩くとずんずん楽しくなる。
お屑さまと「見目麗しいお屑さま」を歌っていると、ジュスタが「黙って」の合図をした。
「どうしましたか?」
小さい声で聞く。
「あっちから、羽音がたくさん聞こえる」
指された方向に耳を澄ます。
確かに、虫の羽音が聞こえるような。
――ぽ! ミクラウモじゃ!
さっそく匂いを嗅いでみたけど、何にもしない。
「お屑さま、匂いしません!」
――なんと! 童の鼻はボケておるのじゃ! こんなに強い匂いが分からぬのか?
ぽはぽは笑うお屑さまに口を尖らせて、ジュスタを見る。
「ジュスタは匂いしますか?」
「んー――、分からないな」
――ジュスタの鼻もボケておるのじゃー!
とにかく、羽音のほうへ進んでみる。
「ほわー! 変なものです!」
「へー、なるほど、これかあ」
見つかったものは花のイメージからほど遠く、ジュスタとぽかんと見上げる。さっそくお屑さまから、口を開けるなと怒られた。
何種類ものハチやハエが周囲をぶんぶん飛び回ってて、うるさい。
「エーヴェ、刺されないようにこれをかぶって」
ジュスタが薄手の上着を脱いで、頭から掛けてくれた。
――大丈夫じゃ。皆ミクラウモに夢中で童など気にせぬ!
お屑さまは、虫と花を見るのに忙しい。
ミクラウモは球だった。つる草で、他の木を伝って高い所で咲いてる。木のてっぺんにいくつも大きな球があるのは、珍しい景色。一つが大きなビーチボールくらいある。細い芯に細かい毛が生えていて、それが複雑に絡んでまーるくなる。
クリスマスに使われる針金が通ったモールみたい。
毛が花びらにあたるのか、いろんな色がある。薄紫色や淡いオレンジ色、ピンク色。全体に色は薄くて、ぼんやりグラデーションだ。
ふわふわしてきれいだけど、中に虫が吸いこまれていくのが怪しい。
「こんなに大きくて目立つのに、今まで気がつかなかったのか」
――ぽ! そうじゃ、山の森では初めて見たのじゃ! ミクラウモはゆっくり育って花を咲かすまでが長いのじゃ! 他の座からやって来たのやもしれぬ!
木の種が鳥に運ばれる感じかな?
「でも、お屑さま、さっきあちらこちらから匂うって言いましたよ!」
――あちらこちらから匂うのじゃ! ミクラウモで遊んだ虫が、あちらこちらにおるのじゃ!
ミクラウモで遊んだだけで匂いが移るのか。もう一回、嗅いでみる。匂いはやっぱり分からない。
――ミクラウモの中は迷い道になっておるのじゃ! 皆あの中に入って遊ぶのじゃ! 大きいミクラウモは鳥も入るぞ! ぽはっ!
「入って、ちゃんと出られますか? ミクラウモ、虫食べない?」
――出られるぞ! 出てきたときは、すっかり色が変わるのじゃ! また他のミクラウモに入って遊ぶと、また色が変わるのじゃ! ぽはっ!
「ほー、面白いです!」
花粉が付いちゃうのかな?
注意して見てると、薄ピンク色の粉まみれのハチがふらふらっと出てきて、迷うように飛び回った後、また隣のミクラウモに入る。
……怪しい!
「えーっと、お屑さまはあの中に入ったことがあるんですか?」
――あるぞ! 中から見ると、外がいろんな色でいっぱいに見えるのじゃ! とても美しいのじゃ! そして、虫は皆ふらふらするのじゃ。ぶつかったり、眠ったりしておるのじゃ。珍しい眺めじゃ。
うーん、大丈夫かな?
――ぽ! あちらはさらに大きいのじゃ!
「わー!」
薄緑色のふわふわしたミクラウモに、小さな鳥が集まっている。少なくとも十羽。頭から尾の先まで三センチくらいでビックリする。
ミクラウモと違って、鳥はみんなはっきりした色――赤や緑や青。でも、顔の辺りは粉で染まってる。
チュンとも言わずに、ミクラウモに入って、中をバタバタ移動した。
「小さい鳥がいっぱいです!」
「そうだね。……ニーノさんにも見せたいけど、虫がついて来るから持って帰るのは難しいかな」
ミクラウモを取ろうと手を伸ばしたジュスタに、粉がいっぱい降りかかった。
「うわ! ジュスタ! ピンク!」
「こりゃ大変だ」
ジュスタにハチが寄ってくる。
粉は気になるけど、危ないので離れておく。
「この粉、なかなか落ちないな。布を染めるのに使えるかもしれない」
「粉、集めますか?」
ジュスタは粉をはたきながら首をひねる。
「そうだなぁ。虫が寄ってくるから染めるのはダメかな。取るには器がいるし、また今度だね」
「はい」
「じゃ、行こうか」
腕を見ると、お屑さまはいつの間にか眠っていた。
低い木が多くて、木漏れ日でいっぱい道を歩いていると、音楽が聞こえてきた。山刀を振るうジュスタが、鼻歌を歌っている。
「お? ジュスタ、何の歌ですか?」
「――え? 歌ってたかな?」
自分でびっくりした顔をして、ジュスタは笑う。
「前にいた世界の歌だよ。ほら、赤い目の竜さまの」
「おおー! 覚えてます!」
ジュスタが歌う歌は、普段の言葉とは違ってすぐに意味が飲み込めない。
「言葉が違います。でも、のんびりした歌です」
「そうか。俺はそのまま歌ってるつもりだけどな。これは赤い目の竜さまが旅をする歌なんだ。赤い目の竜さまはある日、羽をケガして飛べなくなっちゃう。でも、ずっと空に行きたいなあと思ってた。それで、空に向かって歩き出すんだ」
「歩き出しますか?」
ジュスタがにこにこ頷く。
「そう。途中で出会う羽のある生き物は、赤い目の竜さまをからかって、羽がないのにどうやって空に行くの? 空はどこにあるの? って聞く。赤い目の竜さまは、空はずっとずっと先、地面と接するところにあるって言うんだよ。きっと歩いても行けるって」
「おお!」
「羽のある生き物たちはあきれながら、竜さまを見送った。赤い目の竜さまはずんずん歩いて行って、遠く遠く、小さく小さくなっちゃう。竜さまは見えなくなっちゃうけど、世界の端っこで、本当の空を見つけるんだ。空に入ると、布がかかったみたいに地面が見えない。見える所がないかと探したら、一か所ちょうどいい大きさの穴が開いてた。赤い目の竜さまが、のぞき込むのにちょうどいい穴」
「月です!」
「その通り。それが月だった」
それで、赤い月は竜さまがのぞいてる、なのか!
ジュスタがもう一回歌ってくれる。何度も同じ音が繰り返されてて、赤い目の竜さまと羽のある生き物たちの会話の場面が目に浮かんだ。
「赤い目の竜さま、空に行けてよかったです!」
「うん。歩いても行けたんだから、俺たちもきっと空に行けるぜ」
「そーだね!」
両手を上げたら、お屑さまがぷらぷら揺れた。
起きてたら、きっと大興奮だったのに。後で話さなきゃ。
「その歌、エーヴェも歌いたい!」
「うん、そうだね」
にこにこしながら、ジュスタはゆっくり木の根元に腰を下ろした。
「ん? ジュスタ、どうしましたか?」
「うん、そうだね、なんだかちょっと……」
そのまま、頭が垂れる。
「ジュスタ……? あれ? ジュスタ?」
しゃがんで、ジュスタの俯いた顔をのぞき込んだ。
目蓋が閉じてる。
すーすー、と規則正しい息が聞こえる。
びっくりして、立ち上がった。
「なんと! ジュスタ、眠りました!」
きっと、ミクラウモのしわざです!
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