14.進水式
駆け寄ったジュスタは髪の毛がぼさぼさだ。
「あ! ジュスタ、ヒゲです!」
プラシド以来、ヒゲは初めて見たかも。
「ん……、ああ、そっか」
確かめようとしたけど、両手が船でふさがってるジュスタは、へにゃりと笑う。
もしかしたら寝てないのかな?
それにしても、船が大きい。船底からマストの先までが七十センチはある。
「ジュスタ、船大きいね!」
「そうなんだ。まだ水の上を進む船だけどね。エーヴェが言ったみたいに、中に部屋を作ってみたよ。全部で三層ある。一層目が部屋で、二層目が倉庫だね。いちばん下は狭くて、主に水を貯める場所」
船の底の仕切りは、貯蔵庫か!
ときどきジュスタの部屋にお邪魔して、眺めた船を思い出す。尖った船の底は狭いのに、仕切りが作ってあった。水を貯めやすいようにだろう。
模型には家具を置かないから、木だけであんまりイメージがわかなかったけど、説明されて腑に落ちる。
今、内側を開けて見られないのがちょっと残念。
「どこで浮かべますか? 沢?」
「そうだね。船が大きいから、ある程度深い場所がいいな」
着いたのは、システーナに浮いてる竜さまの鱗に乗せてもらった沢だ。
深くて、流れはそんなに速くない。
「あ! ニーノが後で来るって言ってたよ! 浮かべるのは待ちます!」
「そうか。じゃあ、その岩で座って待ってよう」
二人で並んで岩の上に腰を下ろす。ペロはジュスタの足下でリラックス。
船は大きなマストに二枚の四角い帆が張られて、船首と船尾に向けて張られた糸にも三角の帆が付けられてる。
マストの帆が船を横切る形の横帆で、三角帆が船に縦に張る帆で縦帆だ。
「舵が難しくてさ。向きを変えるためには船尾に付けたほうがいいけど、ここからだと帆で前が見えないから、いつも前で誰かが見てなくちゃいけないだろう?」
ジュスタが最初に思い浮かべていた船は、船尾に座って舵を操作する船。確かに前は見えないかな。
「船を動かすのはとっても忙しいんだ。俺たちは四人しかいないからね。一人でたくさんのことをしなくちゃいけなくて、できるようにしとかないといけない。道具はそういうものだからね」
わ! ちゃんと私も数に入ってる!
ジュスタの足下のペロを見て、まいっかと視線を戻す。
ペロは石や流れ着いた物を飲み込んだり吐き出したりするので忙しい。
「だから、マストの前に少し高い所を作って、そこで操作するようにした。押し下げたり、引き上げたりで船の方向を左右に変えられる」
マストの前の台には柵があって、そこに身体を預けながら、押し下げたり引き上げたりすることを見せてくれる。船尾ではちゃんと舵が右に左に動いてる。
「ほー! すごーい!」
小さくなって模型だけど、全部ちゃんと動くんだ!
「うん。ここの動きを後ろまで届けるのが難しくて」
ジュスタは楽しそうに、動きを後ろに届ける仕組みを説明してくれる。
もう板で覆われて見えないから、想像するしかない。
「むー――、すごいね! エーヴェ、初めて見ました! 前の世界では、舵は回してたんだよ」
「回す? ……それで、どうやって向きを変えるんだい?」
興味津々の顔で聞かれて、言葉に詰まる。
「うーん……エーヴェ分かりません。見ただけだから」
「そうか……」
道具はたくさん使ってたのに、仕組みが分かっている物はほんの一握りだ。ここは道具は多くないけれど、ジュスタには全部の仕組みが分かってるはず。
「ジュスタは何でも仕組みが分かってます。何でもできる気持ち?」
一瞬、ジュスタはきょとんとした。
「何でもできる……へえ、そうか。そんなこと、考えたこともなかったな。んーそうだな、なんとかできるかもしれないって気持ちはあるよ。いろんな道具や仕組みを考えたから、今度もきっと大丈夫ってね。あと……、そうだ、道具の調子が分かるようになる」
ジュスタが嬉しそうに笑う。
「仕組みを考えたのが俺だから、どこが弱いか、傷みやすいか知ってるわけだ。いつもは出ない変な音が、すぐに分かる。調子が悪そうだなって気がついて、傷んでる部分も分かりやすい」
「おお……。ちょっとニーノと似てます」
「そうだね。ニーノさんは人の仕組みが分かってるから、人を治せるんだ」
「じゃあ、システーナは岩の仕組みが分かってるから、岩を掘れるのかな?」
首をかしげると、ジュスタも首を傾ける。
「どうかな? シスさんは分かってなくても、なんとかしそうな気がするね」
「お! エーヴェもそう思いますよ!」
システーナはよく分からなくてもできそうなところが、すごいのだ。
話題に出たところで、ニーノがやって来た。
――船じゃ! 船じゃ! シス! もっと近づくのじゃ!
「はいはい。わーってるって」
システーナもお屑さまと一緒に跳んでくる。
「じゃあ、浮かべてみますね」
ざぶざぶ水に入って、ジュスタが腕から船を離した。
ふわっと帆船は水面に浮かぶ。中に何も入ってないから、水面から高く飛び出してるように見える。でも、ふらふらしない。バランスよく漂ってる。
「おー――!」
システーナと声をそろえた。
盛大に拍手する。
ペロは水の中に四分の三くらい沈んでる。
「ちゃんと浮いてるー!」
ニーノが無言で右手を動かした。
ジュスタの前から、船が川下に向かって動く。
あ、帆が膨らんでる! ニーノが風を吹かせたんだ。
――ぽはっ! ぽはっ! なにやら面白いのじゃ! 水鳥に似ておる! しかし、水かきはないのじゃ! ぽはっ!
確かに、帆船に“白鳥”みたいな名前を付けたくなる気持ちが分かる。
「流れのほうでも浮かべてみよーぜ!」
「そうですね」
ニーノが風を吹かせたのか、船はすいーっと流れがあるほうへ移動した。
風の向きと流れが揃うと、ぐんっとスピードが増す。
「速い速ーい!」
ワンピースと同じ布の帆を追って、走り出した。
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