9.不吉な言葉
飛ぶ船の話をしてから、ジュスタはよくニーノと相談している。
たぶん、船のアドバイスをもらってるんだ。
「ジュスタ、エーヴェも手伝うよ!」
「そうか、じゃあ、おいで」
ついて行くと、ジュスタは部屋に入っていく。
「お! エーヴェ入っていいですか!」
ジュスタの顔色を見て、意気揚々と部屋に入る。
ジュスタの部屋は工房からいろんな道具を持ち込んでるから、木や油の匂いでいっぱい。
「うわ! これは!」
寝台より広い作業台の上に、模型サイズの船があった。
組み立て前の小さな部品が種類で分けられて、積み上がっている。作業台の横には、水を張った桶まで用意してあった。
「船だ!」
「よく分かったな。作るのを見たことはあるけど作ったことはないから、いろいろ試してるんだ」
「筏もあります!」
縦十五センチ、横二十センチくらいの筏で、ちゃんとマストがついてる。
いろんな方向から眺め、桶に張られた水にちょんっと置いてみた。
「おおー!」
ちゃんと浮かんでいる。ふーっと帆に風を送れば、すいーっと進む。
「おおー!」
笑いながら、ジュスタが隣にしゃがみ込んだ。
「筏は簡単だぜ。木の板が水に浮かんでるのとおんなじだ。でも船はそうはいかない」
模型のカヌーみたいな船は、水に浮かべるとくるっとひっくり返ってしまう。
「わー!」
「うん。水が船を押す力と船が水を押す力に釣り合いが取れてないと、船は転覆するんだ」
「てんぷく!」
みんなが水に放り出される光景を想像する。
「マストで高くなったら、重心も考えなくちゃいけない」
「てん、ぷく!」
マストと帆が、ばーんと水面に打ちつけられる光景を想像する。
「でも、エーヴェたち空飛びますよ! 水じゃないです」
「構造が分かってないと、空の上でも天井と底が保てないよ」
ジュスタが眉を下げる。
たしかに、飛んでる最中に天井と底が入れ替わったら、とっても目が回る。ペロだけは天井も歩けるから、平気かな。
「てん、ぷく! てん、ぷく!」
「なんだ? 気に入ったのかい?」
船は転覆しちゃダメだけど、言葉の響きやくるっとひっくり返る様子は面白い。
「ジュスタ、船は大きいですか? みんなの部屋がある?」
部品を削りながら、ジュスタはうなる。
「いちばん必要なのは、水と食料を入れる場所で、次がニーノさんの薬を入れる場所かな。もし納屋みたいに大きな船ができるとしたら、小さな炉と鍛冶道具を持ち込みたいけど、まだ希望の話だ」
「じゃあ、エーヴェたちが寝る部屋はありません!」
「そうだな――、夜になったら地上に降りて眠る考えでいたけど、船の中で眠れたら、寒さや雨を避けられるね」
ジュスタが見せてくれた船のイメージは甲板がなかった。ニーノの意見で甲板ができてたから、船室がたくさんある建物みたいな船をジュスタは知らないかも。
「エーヴェが知ってる船はね、部屋がたくさんあって背が高いですよ」
「前にいた世界の船?」
部屋に駆け戻って、砂絵板を持って戻ってくる。
「エーヴェもよく知らないけど、こんな船とか、こんな帆とかがあったよ」
蒸気船とか外輪船とか、フェリーやタンカーを描いても意味がないので、世界各国の帆船を思い出せるだけ描いてみる。
西欧のキャラック、ガレオンやバイキングの船やガレー船、ジャンク、松前船……。
正直、写真や絵で見たことがある程度だから、ジュスタの役に立つかな?
「へえ、こんな帆もあるんだ」
ジャンクと朱印船の帆を指してる。蛇腹だから、たしかにちょっと珍しい。
「うーん、布が固い? きっとたたむのが簡単です!」
「先が尖ってない船もあるんだね」
「ときどき、船の正面に、怖い顔が描いてありますよ!」
「怖い顔?」
「海をおびやかします! 目がかいてあることもありますよ!」
「ははぁ、船に遠くを見てもらおうってことだね」
ジュスタは面白そうに笑った。
「でも……すごいな。エーヴェはこんなにたくさんの船を見たのか」
「本当には見てないよ。絵をたくさん見ました。ジュスタは作り方が分かるから、すごいです!」
「ホントにできたら、改めてほめてもおうかな?」
ジュスタは部品を削る作業に戻る。
船一つでも、たくさんの種類の部品が必要だ。船はカーブが多いから、まったく同じ形の部品は小さい物だけで、大半は少しずつ長さやカーブが違う。
むー、大変です。
これを頭の中で組み立てちゃうジュスタはすごい。
紙や筆記具がない時代は、みんなジュスタみたいに、頭の中から物を出していったのかな? 物の測り方やそれぞれの単位を決めて、頭の中にある物を正確に現実に作り出すことって、すっごい魔法だ。
「ニーノもいろいろ教えてくれますか?」
ニーノが前にいた世界は大変だったけど、いろいろな技術を使ってそうだったから、船も飛ぶ船もあったんじゃないかな。
「ニーノさんは助言はくれるけど、エーヴェみたいにアイディアはくれないんだ」
「ニーノ、きっとたくさん知ってるのに! ささっと話せばよいのじゃ!」
お屑さまの真似をすると、ジュスタが目を丸くする。
「あっはっは! お屑さま、そんなことおっしゃったの?」
「はい! ニーノはいっぱい考えすぎです」
「はっはっは、そうだね!」
削り終わった部品を置いて、ジュスタの手が私の手を軽く握った。
「ニーノさんは、それだけみんなのことを一生懸命考えてるんだよ。――どこかで作られた技術は、どこかで作られる問題も持ち込む」
きょとんとした。蜂蜜色の目がとろりと笑う。
「ニーノさんによく言われたよ。技術は今までできないことが出来るようになるだけじゃなくて、今までなかった問題も引き起こす。問題が一つ消えて、問題が二つ生まれるってこともある。どっちがいいかなんて、やってみないと分からないけど、ニーノさんは特に元いた世界の問題が、この世界にも持ち込まれることがいやなんだろうね」
……技術が進んで、資源がなくなるとか、そんな話かな?
でも、思い出してみると、前の世界の話をするなとか言ってた。
「難しいね」
ニーノの実力は分かんないけど、飛行機の図面とか引けるのかもしれない。でも、そういうことをしたくないんだ。
飛行機が引き起こす問題が、この世界で起こってほしくない。
「そっか! ニーノはこの世界が好きです!」
竜さまが好き、のほうが正しいかもしれない。
「そう! だから、話さないニーノさんも俺は好きだよ」
「はい! エーヴェもニーノ好きだよ! ジュスタも好きだよ!」
ジュスタはにこにこ頷いて、作業を再開した。
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