8.がーんがーんシステーナ
サーラスの皮が乾いたので、工房に運ぶ。
「おおー! 初めて入りました!」
工房にはたくさんの建物があるから、知らない建物がまだまだある。
でも、入った瞬間、鼻をつまんだ。
独特の匂い。ちょっと目がしぱしぱする。
「大丈夫かい? しおしおになってるよ」
笑いながら、ジュスタがサーラスの皮を床に降ろす。
「ジュスタ、珍しい匂いします」
「前に話した木を煮詰めた液の匂いだよ。この中全部、そうだからね」
工房の真ん中に置かれた棺桶みたいな箱を指さす。二段ベットみたいに、上下に置かれていて、一つの箱に三枚の蓋がセットだ。
ジュスタが蓋をずらすと、匂いがいっそう強くなる。茶色と緑が混ざったような真っ黒い液がたっぷり。
「あ! エーヴェ、思い出した! ハスミンの所でもこんな匂いしてた!」
背負ってきた皮を床に降ろして、液に駆け寄る。やっぱりちょっと目がしおしおした。
「ハスミンの所は大きい皮が多いから、設備がもっと大きかったろう?」
「スベンザ!」
そうか! 魚の皮だからピンときてなかったけど、皮をなめしてるんだ。
「そうそう。エーヴェは狩りもしてきたんだよな」
「はい! 狩りはすごいことでした」
「ここで加工するのは魚の皮だから、このくらいの大きさで十分」
サーラスの皮を乾かすときに張りつけにしてた枠ごと、木の桶に沈めていく。
「エーヴェは下の桶につけていって」
「はーい!」
すっかり鼻がボケて気にならなくなったので、せっせと皮を浸す作業を進めた。
全部の皮が木桶の中に浸されると、とっても達成感がある。
「おーい、おちびー! 鍛錬行くぞー!」
――童ー! 鍛錬なのじゃ!
システーナとお屑さまが工房の入口に来た。
「エーヴェ、行っておいで」
「はい! また後でね!」
手を振って、システーナと森に向かう。
システーナとの鍛錬はいつもよりもっと楽しい。木を登る競争になったり、途中で見かけた生き物の後を追いかけたり、いつもは遠回りする崖を飛んで渡ったりする。
「シスは一人で鉱石取りに行くとき、どうやってご飯食べますか?」
沢の石を飛び渡りながら、システーナと追いかけっこをして遊ぶ。
「あっはっは! ここは竜さまの座だぜ! どこでも食べもんがあんだよ」
――ここは豊かなのじゃ! 植物も動物も種類が多く、水も流れておる!
水を心配しなくていいのは大事だ。
「うっふっふー! りゅーさまは偉大!」
「でもなー、なってる木の実をぜーんぶ食べたり、二つしか卵がない鳥の巣から卵取ったりはしねーよ。あまりもんをあっちこっちで拾って食べんだ」
「ほえー。ニーノが言いましたか?」
狩猟採集の決まり、みたいなものかな?
「いーや? サルとかディーとかの真似だよ。あいつらが食ってるもん見て、食えるもんを覚えていったんだ」
そうだ! システーナもパイオニアだった。
「特にうまかったやつはニーノにも教えてやったんだぜ。ときどき、すっげーまずいのも」
サーモンピンクの目がにやっとゆがむ。
「あ! シス! 悪いよ!」
「ふっふーん。ニーノがすっげー顔するからおもしろかったんだよ。なんつーか、噛みしめんだよ、んぐーって」
んぐーってなってるニーノを想像すると、ぶふっと笑ってしまった。システーナはゲラゲラ笑ってる。
――ニーノの顔はわしも見たいのじゃ! 何かまずい物を持って帰るのじゃ!
お屑さまがとんでもないことを言う。
「だめだよ! お屑さま! 悪い!」
――わしは見たいのじゃ!
「だめだよー!」
「新しい食いもんが見つかったら考えよーぜー」
「シスー!」
システーナはゲラゲラ笑った。
「夜寝るときはどうするの?」
沢を渡り終えて、蔓や低い木の間を進む。いつも通る所は、大人が山刀で枝を払いながら進む。細い枝は私もナイフで切る。だから、ここは一応道だ。
「あたしは木の上が好きだから、木の上で寝るぜ」
「落っこちないの?」
「落っこちねーよ。風が強えーとか雨が降ってっとかなら……」
システーナが腕に巻いてる縄をするすると解く。周囲の木の枝に投げかけてぐいっと引くと、ドーム状の屋根ができた。
「こーする」
「おおー! すごいです!」
拍手をすると、システーナは誇らしげに胸を張った。
――シスはヒトにしては道具を持たぬな! よきことである!
お屑さまのよきことの基準は謎だ。
「元からあんまり道具がなかったからな。でも、ジュスタはすげーよ。つるはしで掘るのってすげー楽だぜー?」
ぱっと縄が解かれて枝が元に戻り、光が降ってくる。
……ん? でも、ん?
「つるはしの前はどうやって掘ったの?」
「え? えーっとどうだったっけ?」
システーナは首をひねって、うなった。
「あ! そーだ! ニーノが棒くれた! 鉄だぜ、確か!」
「鉄の棒!」
システーナは持ち物が少なくて、いつもいろんな所に行ってるから、旅について聞くのはいいかと思ったけど、身体能力が高すぎて参考にならない。
鉄の棒で鉱石を掘ったのかぁ。
あれ? そもそも、システーナってどうやって鉱石掘ってるのかな?
「シス、どうやって鉱石掘りますか?」
露天掘り? 穴掘ってたら、落盤とかガスとか危険がいっぱいなのでは? 木で穴を補強してるのかな? してない気がする!
――シスが掘るところは見たことがあるのじゃ! わしではないが、わしが見たぞ!
「あ、そーいや、そーだよな! 鉱石じゃねー石を放り投げてたら、お屑さまの上に乗っかっちまって……」
「なんと!」
――まったく不調法である! わしがそよそよと草木と語らっておったのに、上から岩が降ってきて、たいへんに驚いたのじゃ! 草木が台無しであった! 大変なことであった!
お屑さまがシステーナに突っかかっている。
「こんなぺらっぺらの竜さまがいるなんて知らねーからな! あたしもビックリだぜ。ちょっと話して、岩どけたら、また飛んで行っちまうんだもん」
ファーストコンタクト、短い!
――重石がなければ、飛ぶのが道理なのじゃ! ぽはっ!
「そりゃそーだ。んで、おちび、掘ってみてーのか?」
急な提案に、びっくりする。
「エーヴェも掘れますか?」
「まだ無理だなー! くだけた石の中から、鉱石見つけるくらいはできんじゃねーか?」
「おお! エーヴェ、シスが岩掘ってるの見てみたいです!」
ピンクサーモンの目を見張って、システーナは首をかしげる。
「おちびはおもしれーな。でも、ぜんっぜん楽しくねーぞ!」
「え! 楽しくないですか?」
「力込めて岩なぐったら、壊れるっつー話だぜ? 楽しくねーだろ」
うーん、局所的には当たり前の出来事だけど。
「シスががーんがーん掘ります! きっと楽しいよ!」
「そっか」
にかっと笑って、システーナが頭をぐりぐりなでてくる。
「おっきくなったら、連れてってやるよ」
「はい!」
うっふっふー! がーんがーんシステーナ、きっとかっこいいです!
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