6.エーヴェの歯 竜さまの歯
翌朝、まだ暗い時間に目が覚めた。
鳥の声がしてるから、もうすぐ日が空を明るくし始める。
ごそごそ起き出して、服を着替え、念のため竜さまの鱗を背負う。
食堂をのぞくと、台所にはもう誰かいるみたい。こっそりテーブルに寄って、歯をたぐり寄せる。
「うひゃ!」
冷たい感触に、思わず声が出た。慌てて口を押さえて、足を見る。
ペロだ。
「ペロ、おはよう! 今からこっそりりゅーさまの所に行くからね! 静かにね!」
しゃがみ込んで小声で話す。台所や食堂の入口を見たけど、誰も入ってこない。
よしよし。
歯を握りしめて、食堂を出る。そのまま、邸の外に飛び出した。
暗い道を洞に向かって小走りに進む。ぽよんっと飛び出てきた水玉にびっくりした。
「ペロ! ペロも来ますか? 鉢かぶらなくてもいいの?」
ペロはうろうろ動き回る。草や低い枝に降りた露を飲んでいるのかも。
それとも、竜さまの鱗を背負ってるからついて来たのかな?
注意して見ると、ペロは動きにつれて、少しずつ大きくなってる気がする。
「ぺ、ろ、わっ、みずっ、た、ま!
つ、ゆ、とっ、おそっ、ろ、い!」
ペロの横を跳ねながら歌って、進む。
薄暗い灰色の空に、黄色の光が射しこんでいる。
「りゅーさまー! おはよーございまーす!」
洞に着いた瞬間、大きい声で挨拶した。羽の横に置いてた首をゆったりと持ち上げて、竜さまがこちらを見下ろす。
――うむ。本当に早い。おはよう、エーヴェ。
お鼻で挨拶する。ペロは隣で、ほよんとリラックスモード。
「ペロも挨拶しますか?」
持ち上げようとすると、ぐでーんと伸びて、とっかかりがない。
しかもやっぱり重い!
「だめだー! 鉢に入らないと、持ち上げられません!」
せっかく竜さまとお鼻挨拶させてあげようと思ったのに!
――さすがに水じゃな。つるりつるりと形を変える。
ペロは急にすささっと動き、竜さまの爪に近づいた。
あ! また、ほよんとゆるんだ。
ペロはやっぱり、竜さまが大好き。
「そうだ、りゅーさま! エーヴェ、歯が抜けたのです!」
握りしめてた手を開いて、歯を見せる。
歯と竜さまのスケールが全然違ってにやにやした。
竜さまから見たら、抜けた前歯は砂粒。鼻息で飛びそう。
――ほう、そうか。エーヴェも大きくなった。
誇らしくて胸を反らすと、べろんと大きな舌が掌をなめた。
ほわー! すごい!
一瞬、熱気と力の塊みたいな筋肉が、ずわんと通っていった。
「りゅーさま、つよーい!」
――うむ、わしは強い。
首を持ち上げて歯を飲み込んだ竜さまが、改めて、こっちを見下ろした。
嬉しくて、うぉほっほをする。
「りゅーさまも、大きくなるとき歯が抜けますか?」
竜さまの胸のふさふさな毛からよじ登って、肩の上に乗る。
――わしの歯は、何度も生えかわる。傷んだ歯がときどき折れて、また伸びるのじゃ。
「え? りゅーさま、歯が痛いことありますか!」
竜さまも虫歯に悩むなら、虫歯はとっても強い。
ニーノは虫歯を治せるかな? むー、恐怖だ。
――鉱石を噛むとき、割れたり折れたりする。すこーし痛い。
「痛い! 痛いのはいやです!」
――案ずるな。すぐに新しい歯が傷んだ歯を押しのけて生える。
なるほど、虫歯とは違うみたい。
「りゅーさまの抜けた歯、ほしいです! エーヴェのより、ずっとずっと大きいよ!」
歯を拾ったら、鱗と一緒に大事にしよう!
――エーヴェは鱗を持っておるのに、歯も欲しいのか?
「はい! とても嬉しいです!」
でも、そうか。鱗より持ち運びが大変かもしれない。加工したら持ち運べるかな? でも、竜さまの歯を加工なんてできるのかな?
――エーヴェの歯は次に生えた歯から替わらぬと聞く。大事にするのじゃ。
「はい!」
竜さまがずいっと顔を寄せてくるので、首をかしげる。
――どの歯が抜けたのじゃ?
「下の前歯だよ」
いーっとした。間近にある金の目が、すぅっと細まる。
「どうしたの、りゅーさま?」
届いた鼻息が、ふわっと前髪を浮かせた。
――不揃いは愉快じゃ。エーヴェは今、不揃いである。
「ふぞろい! りゅーさまはふぞろいが好きですか?」
竜さまは耳をぴるぴるっと動かす。
――うむ。不揃いは面白い心地がする。いろいろなものが一所に集まっておるなど、たいそう面白い。
そうか。だから、竜さまたちは一人ずつ全然違うのかな?
考えてみると、邸は不揃いがいっぱいだ。ニーノもジュスタもシステーナも、それぞれ好きな色の服着てて、形も違う。前にジュスタがくれた髪留めも、左右で違った。エーヴェの記念日は、いつも数字がばらばら。
もしかしたら、竜さまに合わせてるのかも。
「エーヴェも面白い心地がしてきました!」
抜けた歯の隙間に舌を押し当てて、にやーっとした。
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