4.鍬に似たかけら
たいへんお待たせしました。
竜さまと夕陽を見て、邸に帰る道でもジュスタはやっぱり上の空。
でも、さっきまでと違って、目がキラキラしてる。
「ジュスタ、何かいいこと思いつきましたか?」
「まだだよ。でも、思いつくかもしれないな」
足下をぐるぐるしてるペロも、うまくよけて歩いてる。
うっふっふ! 嬉しいな!
みんなでお屑さまのお歌を歌いながら、星明かりの道を帰った。
夕ご飯の食卓で、ペロの大活躍を話そうとして、大変なことが起こった。
「あのね! 今日、ペロがねー!」
久しぶりの蒸かしトウモロコシにかぶりついた瞬間、ぶちっと何かがちぎれた感触がした。小さな痛みと血の味が口に広がる。
「おぁー血が! 血の味がします!」
――なんじゃと! ケガか? 大変なことじゃ!
視界の端にお屑さまのぴこんぴこんが見える。
「あ! おちびの前歯がない」
――おお! 生え替わりじゃ!
システーナに言われて、前歯の位置を舌で探る。
右の前歯があったところが血だまりになってる。トウモロコシに混じって小さな歯を見つけた。
「歯ぁ」
口の中のものは飲み下して、ニーノに抜けた歯を見せる。
――ぽはっ! なんとも小さい歯じゃ! 童の口にちゃーんと収まっておったのじゃ!
「口をすすいで来い」
手に歯を握りしめたまま、口をすすいでいると、ニーノがやって来て前歯の所に丸めた葉っぱみたいなのを詰めた。
「血はすぐに止まる。取れた歯を」
すちゃっと差し出すと、ニーノは歯を軽く洗って様子を見た。
「――立派な歯だ。今日まで貴様を支えていたが、より強い歯が生えるので場所をゆずった」
「おおー! エーヴェの歯、立派!」
返してもらった歯を、掌の上で転がして眺める。
小さな鍬みたいな前歯。
「これから、貴様の歯は順に生え替わっていく。この歯は、ぐらぐらしていなかったか?」
「分かんない。エーヴェ、気がつかなかった」
「抜ける前にはたいてい分かる」
歯を見つめる。
……うーむ、歯が生え替わるなんて、あったなぁ。子どもと縁がなくて、すっかり忘れてた。
「ニーノ、この歯、どうしますか? 投げる?」
下の歯は屋根に、上の歯は床下に投げるという集合住宅住まいには過酷な習慣を思い出す。
「貴様に何か使い道があるなら構わんが、たいてい竜さまに飲んでいただく」
「ほわ!」
「待て! 明日だ」
すぐに洞に走ろうとしたのを止められる。
「りゅーさま、歯が好きですか?」
「歯は鉱物と似かよっている。足しにはならないが、記念のようなものだ」
記念!
「エーヴェ、強くなります!」
「そうだ」
テンションが上がって、うぉほっほを始めた。
「中に戻れ。まだ食べていないだろう」
「はい!」
うぉほっほをしながら、ニーノと食堂に戻った。
「へえ、ペロにそんな特性があったのかー」
トウモロコシをむしりむしりしながら、システーナが感心する。
ジュスタの足下でペロはニーノを警戒している。今日はニーノとジュスタが隣に座ってるから、ペロは大変だ。
「元の物質の特性が残っているわけか」
――そうじゃ! 竜のよだれであるからじゃ! 竜は偉大である! ぽはっ!
お屑さまは、食事の時は食卓に置かれた腕輪掛け(もともとお屑さまの止まり木だったけど)にかけられて、ぴこんぴこんの度にゆらゆらしてる。
「お屑さまのよだれも、ケガを治しますか?」
――む? なんと! 知らぬのじゃ! 知らぬ事がかように近くにあるとは、油断なのじゃ! 童! ケガをしたであろう! わしのつばきで治るか試すのじゃー!
ぴこんぴこん動き回る、お屑さまの口をじっと見てみる。
「おくずさま、よだれないですよ!」
――あるぞ! しかし、たいへん少ないのじゃ! 本体でないと試せぬ。ぬぬ。
お屑さま、珍しい顔。
「以前竜さまからうかがいましたが、竜さまは鉱物を召し上がるので、万一の内臓への傷を治癒するためなのではと」
なるほど。
――ふん、山はそれで良いが、わしが分からぬのじゃ! しかし、わしは波を食べるゆえ、よだれに治癒の効果はないかもしれぬ。ぬぬ。
「んー、おどろさまはよだれの話しませんでした。甘露だけ」
ただ知らないだけで、お泥さまのよだれも傷を治せるかもしれない。
――あやつのよだれは沼に溶け込んでおる! 治癒の効果があったとて、すっかりボケておるのじゃ。ぽはっ!
お屑さまは気分が良くなったみたい。口が開いておるぞ! とお決まりの注意をしてぴこんぴこんした。
「それで、ジュスタはなんか思いついたのかよ」
スープもご飯も平らげて、システーナは幸せそう。
お屑さまは一瞬で眠って、ぷらーんと垂れてる。
「あ、そうだ。ニーノさんに聞きたかったんですが、竜さまとの旅はどうやったんですか?」
「あ! そうですよ! りゅーさまとの旅! 聞きたい!」
両手を上げると、冷たい目で見られた。遅れた夕食をまだ食べ終わってないので、食べることに集中する。
「確か……飛べるようになった頃で、竜さまに飛び方を教えていただきながら、飛んで旅した。ときどき竜さまの背中や尾に乗ることもあった」
「おおー!」
竜さまの背中に乗るの、気持ちよさそう!
「食料や水は、略奪だな。行く先々で見つけた食料や水をもらった」
「りゃくだつ!」
とっても悪いことです!
「旅はたいてい略奪をともなう。他者の縄張りに入って、本来、他者の水や食料だったものを奪うからな」
「えー! エーヴェ、うばいたいんじゃないよ! 旅は楽しいです!」
ショックで大声が出た。
前の世界では、旅行は平和的な異文化理解のツールだって聞いたぞ!
「楽しく旅をしたいなら、敬意を忘れるな」
「ニーノはかたっ苦しーけど、間違いでもねーんだよな」
椅子をきいきい揺らして、システーナが言う。
「あたしらが水飲んだら、その分、水減るんだぜ。水は見つけたやつが飲むもんだけどよ、ありがとーって思わねーとな」
そうか、略奪と言っても、人の家に押し入って物を奪うことだけじゃないんだな。
不毛の地もたくさん広がるこの世界では、限られた水や食料をみんなで分け合ってる。着いた場所で水を飲んだり木の実を取ったりするのも、そこに住んでる生き物からしたら、略奪なのか。
むー。想像したことなかったけど、旅は大変なんだな。
考え込みながら、スープを口に運んだ。
「分かりました。エーヴェ、ありがとうって思うよ!」
いろんな物――今飲んでるスープだって、大事大事なんだ。
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