19.自分の掘った穴に落ちる
お待たせしました。大切なシーンなので体調が良いときに書きました。
腕を組んで考え込んでいたジュスタが、手を上げた。
「竜さま、まどろみどきには竜さまはお一人しか入れないのですか?」
――む。そういうわけではない。そもそも九頭は、あの場にとどまる意思のようなもの。
お屑さまがぴーんと伸びた。
――おお! なるほど、童が会ったのは本体のわしなのじゃ!
はえ?
「おくずさまは本体じゃないですか?」
お屑さまは激しくぴこんぴこんする。
――痴れ者め! わしは九つ首じゃと言うたろうが! わしは木の葉で本体は座に留まっておる! しかし、千の木の葉を放ったゆえ、本体は空っぽなのじゃ。
「なんと!」
じゃあ、お屑さまの座に行けば、九つの首のお九頭さまに会えます!
――息もせず、食べもせず、ほとんど死んだような身体で、もはや岩なのじゃ! それでも朽ちぬのは、まどろみどきにわしを残しておるからじゃ。
竜さまが頷く。
――竜は時にかかわらず、まどろみどきに遊ぶことができるが、エーヴェを迎えに行くには、わしは今この時に片足を置かねばならぬ。九頭に会えば、それはあやつを起こすことになるのじゃ。屑が世界に散った状態で起こしては、何が起こる分からぬ。
――どうなるであろうな! 良きに転ぶか悪しきに転ぶか! わしか本体が消えるかもしれぬ。どちらも残るかもしれぬ。あるいはどちらも消えるか! ぽはっ!
背中がぞっとした。
「ダメだよ! 消えたら大変なことです! エーヴェとっても悲しい」
「そーだぜ、お屑さま。笑い事じゃねーよ」
お屑さまはぽはぽは笑う。知らないことにテンションが上がってるみたい。
「あれ、ペロは? ペロはおくずさま起こさなかったよ」
――九頭はペロを知らぬ。それにペロは思念というほどのものがない。しかし、水は記憶を留められるゆえ、標にちょうど良いのじゃ。
……よく分かんないけど、ペロがいてよかった。
「竜さま、じゃあ、あのおくずさま、ずっとあそこにいますか?」
――うむ。そうじゃ。
うーん、それはちょっとさみしい。
「おくずさま、他の竜さまに会いたがってたよ。探そう、会いに行こうって言ってた」
――ぽ! 面白い、さようなことを言うておったか! わしの動機であるぞ!
お屑さまはぴこんぴこんしてる。
――千の木の葉を放とうと決めたわしが留まっておるのじゃ! 気にせずとも良い! わしはすでに皆と会っておるからな! さみしいことなぞない!
――ただ遊ぶだけならば、九頭と会うことはできる。エーヴェを導くには都合が悪いと言うだけのこと。
首をかしげる。
じゃあ、あの世界は過去というわけじゃないのか。
「むむむー。じゃあなんで、あの世界はこーはいですか?」
「こうはい?」
ニーノがこっちを見た。
「風がびゅうびゅう吹いてて、錆びた鉄とか痛い沼とかあります。天気が悪くて、さびしいです」
ニーノが眉根を寄せた。
――世界が滅びてから、まどろみどきはそうなった。かつては様々な生き物であふれていたが。
――まどろみどきは竜だけのものではないのじゃ! 他の生き物、すなわち星の意思や記憶の混ざる場所じゃ。竜以外の生き物があらかた失われたゆえの有様じゃな!
「でも、森とかあるじゃねーか」
システーナが首をかしげてる。
「そうですよ! お泥さまの座にも動物や植物がたくさんでした!」
――うむ。これは我らが招いたもの。まだ根が届いておらぬのかもしれぬ。
竜さまが目を細めて、森を眺めた。
じっと考え込んでたニーノが、こっちを見た。
「――エーヴェ、貴様はどうやってまどろみどきに入っている」
首を右に傾ける。
「分かんない。寝てます!」
「では、どうやって戻ってきている」
ニーノの目が冷たい。
首を左に傾けた。
「分かんない。でも、エーヴェ、何もしてないよ! いっつもりゅーさまが来てくれます! ありがとーりゅーさま!」
――うむ。
視線を戻したニーノは、深刻な顔だ。
「常に竜さまをわずらわせているのか。そもそも、訳が分からないまま竜さましか入れない世界に入って、自分の意思で出ることもできないなど、自分の掘った穴に落ちるのと同じ」
「確かにー!」
――ぽはっ! 面白いのじゃ!
システーナとお屑さまが笑っている。
ニーノは竜さまを見上げた。
「竜さま、まどろみどきへの出入りの方法をエーヴェに教えていただけませんか」
「へ?」
ぽかんと口が開く。
竜さまは首をかしげた。
――なるほど、自分で出入りできるならば危険ではないと。
「恐れながら、これからも常に竜さまがエーヴェを連れ出しに行ける保証はございません。今回はペロがおらねば、エーヴェを連れ出すのに時間がかかったのでは。竜さまがわざわざ連れ出しに行ってくださるのは、エーヴェがまどろみどきに留まることが、このエーヴェに何か影響を及ぼすからではないでしょうか」
――うむ。こちらのエーヴェは眠ったままになる可能性もある。
「なんと!」
ニーノはちっともうろたえない。
「私が前におりました世界では、まどろみどきに似た世界に人が干渉することで、他者の意思や行動、人格を変化させるような技術がございました。まどろみどきとそれが同一か分かりませんが、エーヴェの行動はいろいろな危険を感じさせます」
――なんじゃと! 人がまどろみどきに干渉する技術じゃと? わしは知らぬぞ! ニーノ、説明するのじゃ!
お屑さまが大興奮だ。
――いや、屑よ、待て。ニーノの懸念のほうが重要である。しかし……。
竜さまは鼻息を上げて考え込んだ。
――わしはまどろみどきに詳しくない。羽を動かすのと同じように遊びに行くだけゆえ。まどろみどきの性質もニーノの話には関係するようじゃ。
――わしも世界でいちばんものを知っておるが、まどろみどきの説明は難しいのじゃ! まどろみどきの全てに入れるわけでもないゆえのぅ。
――やはり、古老であろうな。
――そうじゃ! 古老ならば、まどろみどきに精通しておられよう! 何しろ、古老は深く遠くまで飛べるのじゃ!
竜さまとお屑さまの意見が一致したみたい。
――エーヴェが十分に育ってからの話にはなるが、古老を訪ねよう。
え! 古老の竜さまに会える?
「古老にここにおいでいただくわけにはいきませんか?」
ニーノの提案に、お屑さまがぴこんぴこんする。
――今、古老はこの星におらぬのじゃ! 声をかけても戻るのは、四百日はかかろう!
――その頃にはエーヴェも十分育っておる。
「じゃあ、竜さまが飛ぶ頃にはみんなで古老の竜さまに会いに行くってことになりますか?」
ジュスタが蜂蜜色の目を丸くしている。
――古老の通る場所に、わしらが行くのが最も早く会う方法じゃ。
「つーまーりー……旅支度が要るっつーことか?」
システーナの疑問にニーノが頷く。
「もともとエーヴェは旅に行きたがっていたが、事は急を要する。しかし、皆で旅に出るとなると、算段や準備が必要だろう」
「うわーどうするかなー」
ジュスタが顎に手を当てて、何か考え始めた。深刻そう。
「わざわざあたしらにも来いっつったのは、こーゆーことかー」
話について行けなくて、ぱたぱたあっちこっちを見る。
――心配要らぬ。
竜さまが首を降ろした。金の目が近い。
――またまどろみどきに迷ったとしても、ここにいる間は、わしが迎えに行こう。
約束するみたいに、鼻で顔をとんっとしてくれた。
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