18.星のまどろみどき
ニーノだけじゃなく、システーナとジュスタも部屋にやってくる。ぼやーっとしてる間に、ニーノが額や喉を触って、脈を確かめてた。
「――落ち着いたな」
ニーノの声に、ジュスタとシステーナがほうっと大きく息を吐いた。
「まったく、びっくりさせんなよ、おちび!」
「二日間も熱で眠ってたんだよ」
――人騒がせであるぞ! 童!!
「え!」
びっくりして出した声が喉をかすめて、えへんえへんと咳き込む。
ジュスタとシステーナに頭と背中をなでられて、ニーノに差し出された薬を口に運ぶ。
きっと苦いと身構えてたのに、甘くてびっくりした。
「一気に飲むな。ゆっくり、喉にしみこませるように」
ゆっくりゆっくりカップを傾ける。
ペロはいつの間にか、ニーノがいない側の端に移動して、ガラスの球で遊んでいる。
「どこか痛い所はないか?」
「うーん、背中が痛いです」
それに、身体がぐったり重い。
「今日はまだ休んでいろ。明日になれば、痛みも引くだろう」
胸にも背中にも見覚えのないすりつぶした薬草の湿布がある。
「エーヴェ、お屑さまに会ったよ」
夢の中では、お屑さまと話してて何も苦しくなかったのに、今は喉や背中が痛い。
――わしはときどき来ておったぞ! 眠っておったが、わしの声は聞こえておったか! やはり竜の声は特別なのじゃ! ぽはっ!
お屑さまがジュスタの腕でぴこんぴこんする。
「違うよ、お屑さま九つ首がありました! 紫や水色や緑の目だったよ! おくずさま、けんぞくを探してました」
お屑さまはぽかんと口を開けたあと、ぴんっと伸びた。
――わしである! わしに会ったと? わしはここじゃ! わしは九つ首ではない! 不思議なのじゃ! 眷族を探すというなら、昔のわしなのじゃ! 昔に童は会えぬのじゃ! 童はずっとここにおったのじゃ!
「りゅーさまも時が違うって言ってたよ! ペロがりゅーさまの代わりに迎えに来てくれました」
「ペロが?」
ジュスタの声に、ガラスの球を転がしてたペロがのそのそ寄っていった。ジュスタは笑って、ペロをなでる。
「竜さまが貴様の夢にいらしたということか?」
「そうです。おくずさまは童の時じゃないって言ってたよ」
「わけわかんねーな」
システーナは、ペロからガラスの球を少しずつ遠ざける。ペロはだんだんスピードを速めているけど、なかなかガラスの球を取り返せない。
「――ともかく、今は休養が必要だ。明日、竜さまにお話を伺う」
空になったカップを取り上げられて、寝かしつけられた。
「ぐっすりお休み」
ジュスタの蜂蜜色の目と、システーナの強い笑顔が見えて、頷く。
さっき起きたばかりなのに、あっという間に眠くなって目蓋が落ちた。
荒廃の世界に行くこともなく、次に目が覚めたときにはお日様の光が部屋にいっぱいだった。
身体を起こしてみる。背中は痛くない。
「おはよー!」
喉もかゆくなかった。
のそのそ寝台から降りてたら、ニーノがやって来る。
濡れた布を渡されたので顔をぬぐった。
「おはよー、ニーノ」
「おはよう。気分はどうだ?」
「痛くなくなった! お腹空いた!」
額に手をあてたあと、ニーノも頷く。
「食事を済ませたら、竜さまの所へ行くぞ」
「はい!」
覚えてないけど、三日も竜さまに会ってないはずだ。
ご飯はマッシュしたイモとバナナで、最後にラオーレをもらった。
「おちび! すっかり元気だな!」
「シスー!」
竜さまの洞には、システーナとジュスタがいた。
――おお、童! すっかり自分で動いておるな! ぽはっ! また、行きたい方向へ自分で動くせせこましいヒトに戻ったのじゃ! ぽはっ!
お屑さまは今日はシステーナの腕にとまってる。
あ! ペロもいる。竜さまの爪の間をうねうね歩いている。バイクのスラロームみたい。
竜さまは首を上げてた。白銀のたてがみがきらきらだ。
「りゅーさま! エーヴェ元気になりました!」
――うむ。何よりじゃ。
「竜さま、夢の中でエーヴェを導いていただいたとお聞きしました」
ニーノがあぐらを組んだので、隣に座る。
――そうじゃな。
「ありがとうございます」
「ありがとー、りゅーさま!」
頭を下げるニーノに、はっとしてお礼を言った。
ニーノが顔を上げる。
「お聞きしたいのですが、エーヴェがいたのはいったいどこですか?」
金色の目を一つ瞬いて、竜さまは首をかしげる。
「先日、お泥さまの座に参りましたときに、エーヴェが一人で座の外に迷い出たことがございました。あのとき、竜さまはエーヴェの居場所を私にお知らせくださいましたが、今回も似たことが起こっているのでしょうか」
――ふむ。さようなこともあった。
「エーヴェが今後もこのような事態におちいる可能性はございますか?」
――可能性はある。あれは、軽々に入れる場所ではない。しかし、エーヴェはすでに三度は踏み込んでおる。
「お? りゅーさまはあの場所がどこか分かりますか?」
――なんじゃ! 山よ、早く申せ!
お屑さまがぴこんぴこんする。
竜さまが、ふわりと鼻息を上げた。
――屑よ、お主は知っておろう。我らのまどろみどき、すなわち共通の記憶である。
「まどろみどき?」
――まどろみどきじゃと! そんなところに、なにゆえヒトが入るのじゃ? む? いや、入ることは可能か! あれは竜だけのものではない。この星のものと言うても良いからな! しかし、我が我と思い続けるのは無理なのじゃ!
お屑さまは大興奮だ。
「何の話かさっぱり分からねーよ」
システーナは嫌いな匂いを嗅いだ顔になってる。
――まどろみどきは、生命あるものがみな持っている記憶じゃ。大変に大きいゆえ、たいていの生き物にはそれが記憶だと分からぬ。たまたま感じた一部を表象と思うくらいじゃ。それを竜は記憶と感じることができるのじゃ。それゆえ、新しい竜が生まれれば分かる。離れた場所の竜と話せる。
金の瞳に黄緑色の光がきらきら散った。
――エーヴェが迷い込んだのは、そこじゃ。今回は九頭がおったゆえ、わしは入れず、ペロを遣わした。水は記憶と親しい。良い導き手となったであろう。
思わず、視線を向ける。ペロは歩き疲れたのか、竜さまの爪の側でリラックスモードになっていた。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




