14.竜の耳飾り
日付越えてしまいました……。またも短めです。
柔らかなうぐいす色の髪が、ふわんと揺れる。沢の水を蹴立てて、ぐいぐい近づく女性は、目の錯覚でなく背が高い。
「なんだぁ? ニーノもおちびも化粧してんなぁ」
からっと笑った顔は、ニーノより頭ひとつ半、高い。
頑丈そうな手袋をはめた両手で、岩の塊にかけたロープをしっかりにぎっている。
側に立つと、放出されるエネルギーに圧倒された。
――蒸気機関でも搭載してるのかな?
しかし、ニーノは通常運転だ。
「貴様も食べるか」
――そこ、勧めるんだ。
女性は、あ、と口を開ける。
――そっちも、食べるんだ。
ニーノがドラゴンフルーツを二切れ置く。
口だけで器用に中身を食べて、顎の一振りで皮を遠くに放った。
「あまーっ」
にっかり笑った口元は、すっかり赤い。
ようやく、金縛りがとけた。
ここは、植物にあいさつした経験が活かせる。
――ありがとう、ジュスタ!
「こんにちは、エーヴェだよ! 貴様、だれ?」
女性はげらげら笑う。
「貴様だって! うつってんぞ、ニーノ」
「貴様は貴様だろう」
また、げらげら笑って、女性は私を見る。
――サーモンピンクのきれいな瞳。
「あたしはシステーナだ。長えからシスでいーよ。大っきくなったなぁ、おちび」
「シス……知り合い?」
「貴様とシステーナは千二百日ほど前にあったことがある」
残念、覚えていない。
世界の認識がもっと難しかったころだ。
「あたしも貴様同様、竜さまの付き人なんでな」
一瞬、ぽかんとして、いろいろなことが腑に落ちた。
「八人目!」
「んだそれ?」
「付き人なのに、竜さまの側にいないの?」
「側だよ。“一竜日”以内にいる」
ニーノの顔を見る。
「一竜日は竜さまが一日で飛べる距離のことだ」
――分かったけど、分からない。
「エーヴェだとどのくらい?」
「……九十から百日ほどか」
やっぱり分からないけれど、遠いのは分かった。
竜さまから見れば、一日以内に行ける距離だから「側」判定なのか?
「シスだとどのくらい?」
「地形に寄るけど、二十日ぁ?」
システーナがすごいことも分かった。
「じゃ、急ぐんであとでなぁ」
「待って待って、背中のなぁに?」
足に力を込めるよう、身を沈めたシステーナを引き留める。
片眉を上げたシステーナは、にやりと笑った。
「竜さまの食べ物」
――食べ物?!
「エーヴェも一緒に行くー!」
竜さまのご飯シーンの気配に、両手を突き上げる。
「鍛錬中じゃねーの?」
「行きたい!」
「叫ぶな。今日はもう終わる」
思いがけない言葉に、ニーノに身体を向ける。
システーナも目を丸くした。
「へ?」
「やったー!」
最後の一切れを食べたニーノが、皮を置いた。
「貴様一人に任せるのは不安だ」
次の瞬間、システーナが消えていた。
影を感じて顔を上げると、空に岩の塊が見える。
落ちてきたんだから、分かっているべきだった。システーナは、岩の塊を背負って高木を越えるほどの脚力を持っている。
――かっこいい。
のんきに眺めていた私は、次の瞬間、ニーノに抱えられて空にいた。
「ついて来んなよ! ルーティン維持してろって!」
森を跳ねながら、システーナが怒鳴る。
――さっきちらちら見えていたのは、こういうことだったのか。
「何を慌てる必要がある」
「慌ててねえし」
「りゅーさまが岩食べるところ見たい!」
「ちびは黙ってろ!」
「システーナ、貴様に沈黙を強制する権利はない」
「貴様がいちばん黙れよ、ニーノ」
二人は妙に険悪だけれど、どんどん近づく竜さまの洞に、私は嬉しくてにこにこする。
システーナもニーノをにらむより、竜さまに視線が引きつけられていく。
「竜さまー――!」
我慢の限界。システーナの声に、竜さまがすいっと首を上げた。
金の瞳が、すうと細まる。
――待ちかねたぞ。
思考がぶっ飛んだ。
――なんて、なんて、うらやましい!
竜さまにこんな言葉をもらって、喜ばない付き人なんていない。
分かる。
システーナは、石の塊を背負ったまま、竜さまに飛びこんだ。
同時に、ニーノが私を抱えていないほうの腕を振り上げる。
空気の刃が飛んで、石の塊をかすめる。ロープが切れ、覆いごと鉱石が落下して、システーナと別の軌跡を描く。その先には、大きな干し草の山があった。
ぼす――ぼす、ぼすん。
鉱石が吸い込まれた干し草の山。傍らには、ジュスタがいる。
ニーノはジュスタの隣に降り立った。
「よくやった、ジュスタ」
「うまくいきましたね」
二人の視線を追う。
「竜さま、ただいま戻りましたー! 会いたかったー!」
システーナが竜さまの耳にしがみついて、大声で叫んでいた。
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