16.熱まよい
目が覚めて服を着る。
なんだか身体がふわふわして、ワンピースに腕を通す感覚が面白い。
「うひゃひゃひゃ! へーん!」
けらけら笑っていたら、ニーノがやって来て、額に触られた。てきぱき服を着替えさせられて、また寝台の上に戻っている。
「うひゃひゃ、エーヴェ、また寝てます! へーん!」
「熱が出ている。寝なさい」
「エーヴェ、元気だよ!」
手脚をバタバタする。その時、ニーノの目が冷厳に光った。
「――寝ろ」
ちょっとおかしかったけど、ニーノの目が怖いので笑うのは止めた。
食堂の方から、お屑さまの声とニーノの声が聞こえる。
「お屑さまはいつもおしゃべり。ふっふっふ」
くすくす笑いながら、足をぱたぱたしていると、ニーノが戻ってくる。
慌てて、ぴたっと止まった。
「飲め」
「苦いやつですー!」
にやにやしながら飲むけど、ニーノの真面目な顔にちょっと神妙な気分になる。
上掛けを首までかけられて、ほっぺたが膨れた。
「昼にジュスタとシステーナが帰ってくるよ!」
「貴様が安静にしていれば、熱も下がる」
「エーヴェ、元気なのに……」
文句を言うけど、ニーノには全然響かない。
苦いやつを飲んだあと、お腹からあったかくなって手足が重くなった。
「あれー? 身体が疲れてきたうっふっふ」
だんだん熱くなって、喉が狭くなった感じがしてくる。
見える所がぐらぐらして、汗が出てぐったりする。
やっぱりニーノの言うことは正しかったみたい。
ちょっと眠っていたみたい。
熱いーと叫んで上掛けを蹴飛ばしたり、うなったりした気がする。
冷たいのが頭に当たって、首に変な匂いがするのを巻かれて、少し息がしやすくなって、またうとうとする。
システーナやジュスタの声が聞こえた気がした。
ぺとっと冷たい水の感触もした。
……ペロかな?
でも、目が開かなくて、一人だけ別の世界にいるみたいだ。
びょうびょー……う
強い風の音に目が覚めた。
目を開けると、いくつも高い建物の残骸があった。
ぶおん、と大きな風鳴りが響く。
錆びて赤い鉄柱は、今にも落ちてきそう。上を見ながら、歩く。
灰色の雲がすごいスピードで流れるけど、いつまで経っても空は見えない。
ここは――たぶん、前にも来たことある。
夢の世界。荒廃の場所。
砂漠じゃなくて、危ない沼じゃなくて、たぶん都会の跡だ。
「どうしてエーヴェはここに来ますか?」
独り言をこぼしたとき、すごい音が押し寄せてきた。
ぐぉぉおおおおー――ん うぅぉおおおおー――ん
音が強すぎて尻餅をつく。
一つの音じゃなくて、いくつもの音が重なっている気がする。
嫌な音じゃないけど、音が大きすぎて耳を塞いでじっとした。
余韻が消えて、ほっと息をつく。
――そこに、何かおるか?
ぶわん、とまた声が響く。怒ってるみたい。
いくつも重なった不思議な声。とっても大きくて、またうずくまった。
――なんじゃ、童か。
聞き慣れた呼び名に、顔を上げる。
「おおおお!」
驚いてぽかんと口が開く。
錆びた鉄柱の上から、大きな首がのぞき込んでる。
紫色のヘビみたいにきれいな目……いっぱい。
――ほう、わしを恐れぬか、童。
九つの頭が一斉にしゃべって、うわん、と音が響く。
大きいけど、きれいな和音で気持ちいい。
九つの頭のそれぞれの目がこっちを見てる。
「おくずさま、声が大きいよ」
お屑さまが目を瞬いて、隣の頭と顔を見合わせたり、首をかしげたりした。
――古い名じゃ。童が、なぜ知っておる。
あれ? お屑さまって古い名前なの?
「シスが教えてくれたよ。でも、おくずさま大きいです! ちゃんと首が九つあります!」
それぞれの首は角の形が違ったり、背びれの形が違う。
目の色も、青や緑や水色でとってもきれい。
――シス? 知らぬ名じゃ。しかし、どうやら童は元よりここにあった者でない。話が噛み合わぬのも道理か。
――すなわち、竜のゆかりがあろう。答えよ。
竜のゆかりって何かな?
「りゅーさまのこと?」
――やはり、竜の側人か。
――帰るがよい。ここは童の時ではない。
お屑さまがすいっと離れようとするので、慌てた。
「待って待って! ここどこですか?」
――なに? 童、知らずにここにおるのか?
――なんじゃ、迷い子か。
九つの頭が、相談するように集まって、またこっちを見る。
――仕方ない。しばらく預かろう。
――竜のゆかりならば、探し手が来よう。
紫目の頭がわっと近づいて、びっくりする。
固まってると首の後ろをくわえられ、お屑さまの背中に降ろされた。
――迷うなら、明るい世界に迷うて出よ。
――迷いは選んでするものでないゆえ。
九つの首がいろいろな方向を向いたまま、お屑さまはゆっくり歩き始めた。
エーヴェじゃありませんが、風邪っけがあり、明日はお休みするかもしれません。
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