14.エーヴェの大きな名前
パタパタするお屑さまの頭が、赤っぽく染まっている。
夕暮れが空を染めはじめた頃、邸に着いた。
ニーノは、トウモロコシを干していた屋上の小屋の前に降り立つ。ニーノの背中から、ぴょんと降りた。
「エレメント」
ニーノは、左手の竜の顎をなでる。目を細めたエレメントが、がばっと口を開けた。たくさんのサーラスの皮が飛び出てきた。
皮は縦長のハート型か桜の花びらみたいで、ある程度乾いてる。洗ったあとそのまま重ねただけなのに、乾いているのは不思議だ。
「ここに干すぞ」
「はい!」
棚に並べるニーノに、サーラスの皮を手渡す。
これがひゅん、の材料になる。大事にしなきゃ!
――たくさんあるのじゃ! 何度も繰り返してたくさん作ったものじゃ! ぽはっ! ヒトは愚かで面白いのじゃ!
ぱたぱた吹かれてたお屑さまは、また元気にぴこんぴこんしてる。
お屑さま、飛ばされなくてよかったです。
「――よし。竜さまにエレメントを返しに行く」
干し終わった皮をニーノがひと眺めした。棚に八段もサーラスの皮がうなってる。
「お! エーヴェも行きます!」
――わしもじゃー!
竜さまにサーラスのすごさを話さなきゃ!
小屋を出ると、日はもう森の向こうへ落ちようとしている。
「わ! りゅーさまとの夕陽!」
慌てて、走り出した。
「エーヴェ、走るな」
「はーい」
ぴょんぴょん階段を駆け下りて、洞への道を走った。
「サーラスはー赤い背中ー青い背びれー
エーヴェはー赤い髪ー青いお目々ー」
――わしはー黒い背中ー黒いお目々ー!
うきうきして歌っていたら、同じ節回しでお屑さまが歌う。
「おお! お屑さま、お歌!」
――ふふん! 簡単であるぞ!
「りゅーさまはー銀のかみー金のお目々ー!」
――わしはー九つ首ー黒いお目々ー!
繰り返しお屑さまと歌いながら、洞に着いた。
――にぎやかであるな。
竜さまが金の瞳を細めて、ふわっと鼻息を上げた。
「りゅーさまー! ただいまー!」
――ただいま戻ったのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんする。
――うむ。よく戻った。
「りゅーさま、サーラスたくさんいました! 空から見たら、池が赤茶色になってます!」
――四千日に一度の光景であったぞ! お主の付き人は皆、滋味をほおばっておった! 四千日に一度の滋味じゃ! ぽはっ!
お屑さまの言い方だと、すごく貴重な感じ。
――ふむ、何よりじゃ。
「竜さま、ただいま戻りました」
落ち着いた声が響く。ニーノも来た。
「エレメントのおかげで、作業がはかどりました。ありがとうございます」
エレメントの頭をなでると、エレメントは細い光になってふわっと竜さまに吸いこまれていく。最後に残った何かを、竜さまはニーノの掌からなめ取った。
――む? ペロをエレメントに食わせたのか?
「はい。行きはそれが安全かと思いましたので」
――なんじゃ、なんじゃ? やはりおびえておるか!
お屑さまがぴこんと頭を持ち上げる。
――ふむ。ずいぶん慌てて行ったり来たりしておる。
「りゅーさま、見える?」
エレメントの中のことをどうやって見るんだろう?
――エレメントの石を食うと、エレメントの経験したことが分かる。
ふわっと目の前に映像が浮かんだ。
白い光る壁に囲まれた空間。飛行のエレメントの中とそっくりだ。そこで、ペロが鉢をゆらゆらさせながら、あっちに行ってこっちに行って、壁から天井までうろうろする。
「おお! ペロ、ひっくり返っても歩けます!」
ホントにカタツムリみたい!
――エーヴェは、飛行のエレメントの中で退屈をしておったな。
「なんと!」
そうか、飛行のエレメントの石もニーノが竜さまに返してた。
つまり、退屈して、カゴを開けて回ったのが、竜さまに知られてる!
――珍しいエーヴェであった。
――童が退屈するなぞ、たいそう珍しいのう! ぽはっ!
「わー! りゅーさま! 内緒です!」
両手を上げて、主張する。
「は! そーだ! りゅーさま! エーヴェ、名前をもらいましたか?」
とっても大事な質問だ。さっき知ったばかりの竜さまからもらった名前。
竜さまの金の瞳に、水色の光がくるっと散った。
――うむ。エーヴェに初めて会ったときに、名を与えたな。
――それ見よ! わしの言うことに間違いはないのじゃ!
お屑さまが誇らしげにぴこんぴこんする。
「エーヴェ、エーヴェの名前、覚えてないです! エーヴェの名前、何ですか?」
「――エーヴェ、よせ」
ニーノの冷たい声。
「さきほども言ったが、竜さまからいただいた名は人には口にできない」
――ニーノの言う通りじゃ。口に出せぬ。エーヴェの名はエーヴェである。
竜さまは金の目を細めて、こちらを見ている。
エーヴェの名は、エーヴェなのはいいけど……。
「むー。エーヴェ、知りたいです……」
ぷうと頰が膨らんだ。
――ぽはっ! ぽはっ! 膨れておるのじゃ! 童が魚か鳥のようじゃ! 山よ、意味を教えてやってはどうじゃ?
「意味?」
――名にはたいてい意味があるのじゃ! 音は分からずとも、意味は分かろう!
おおお! お屑さま、素晴らしいアドバイスです!
――屑よ、それも難しかろう。人とわしらの言葉はぴたりと重なるわけではない。
――それもそうじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
「お屑さまー!」
すぐに諦めちゃう!
竜さまは瞬きした。なにか考えているみたい。
――うむ。歩む、つなぐ、望み、空を飛ぶ心地よさ……といった言葉が近い。
「おお――!」
竜さまの瞳に緑色の光がきらめいた。
――最も近いのは、追うじゃ。
「おおお!」
たくさんの言葉が、竜さまの言葉では一つの言葉。
「とっても大きい名前です!」
エーヴェの名前には全部の意味が入ってる。
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