13.世界の手触り
システーナとジュスタは、網と樽を担いで、地上を走って帰る。ペロは樽とジュスタにもたれかかって、意外とリラックスモードだ。
「重くないですか?」
「ちょっとね。それより、落ちないか気がかりだよ」
ジュスタが肩越しにガラスの鉢を弾くと、固まったあとでペロはジュスタの服をあむあむ取りこむ。
ペロは考えてないだろうけど、服を握ってるのと同じだから、落ちにくくなったかも。
明日の昼、邸で会おうねと手を振って、ニーノと空に舞い上がった。
――ぽはっ! 空じゃ! 木が下におる! およ? 鳥じゃ! 鳥の隣で飛ぶのは久しぶりじゃ! ぽはっ!
お屑さまは嬉しそう。風で頭があっちゃこっちゃ行くけど、全然気にしていない。
目に入ったもの全部について話すから、私もあっちゃこっちゃ向く。
「エーヴェ、念のため、お屑さまの尾を握っておけ」
「お? ――はい!」
おんぶの体勢で、お屑さまの尾っぽを握る。
よく見てなかったけど、お屑さまの尻尾の先はかぎ爪になっていて、腕輪の引っかかりにうまくかかっていた。
――ぽはっ! ニーノは心配性なのじゃ! わしが問題ないといえば、問題ないのじゃ!
「はい。お屑さまのお言葉は疑いませんが、不測の事態で別れることになっては、悔やみきれません」
――うむ、良い心がけじゃ! ニーノは付き人の仕事がよく分かっておる! ぽはっ!
手に伝わってくる振動で、お屑さまがぴこんぴこんしているのが分かる。
本当は、風にあおられてぱたぱたしてるけど。
「そうだ! ニーノ、さっき、特性の話したくなかったですか?」
特性のことを話そうとしたお屑さまを、ニーノは止めようとしていた。
――なんじゃ? 何の話じゃ? おお! 今、リーリの花が咲いておった! 朝焼けが映える雲のごときたたずまいじゃ! クマバチが喜ぼう! ぽはっ!
お屑さまの頭が向いていた方を見るけど、どれだかよく分からない。
一瞬で通り過ぎちゃうから、お屑さまの目線を追うのは難しいです。
「お屑さまがジュスタの気配について話されたときです。お屑さまにお待ちくださいと申し上げましたが……」
――ぽ? さようなこと、申しておったか! なぜ待たねばならんのじゃ?
やっぱり、お屑さまに聞こえてなかった。
「――竜さまと付き人の関わりや世界に関するいくつかについて、私はエーヴェに伝える時期を見計らっております。特性はその一つでした」
「ほー!」
すごい話だ!
――見計らう? 何のためにじゃ? エーヴェが童ゆえか?
しばらく、風の音で耳がいっぱいになる。
「そうです。……分別が身について初めて知るべき知識もある。世界の手触りを、ただ確かめる時間が子どもにはとくに必要です」
――ふむ、ニーノは心配性じゃ! 分別がいつ身につくかなど、お主に分からぬであろう! 時期を待つ間に、その場からお主が消え失せることもあるぞ!
ニーノは分かんないけど、お屑さまは、その可能性がとっても高い。
ニーノが頷いた。
「確かに、その通りです。ですが、込み入った知識を伝えるには、私も準備が必要です。知識は知る限り、十分に伝えるべきでしょう」
――ふがー! ニーノ、わずらわしいのじゃ! 人間風情がべきやら十分やら……まったく身の程を知らぬ! 知っていることは、ささっと話せばよい! 童が知りたがっておろう! 言葉も知識も伝えてこそ生きるのじゃ! ぽはっ!
頭をぱたぱたさせながら、お屑さまがぎゃんぎゃん言う。
お屑さまは思いついた瞬間、伝えてる感じだもんね。
「――ならば、名のことも伝えておこう」
ニーノの口調が変わったので、耳をそばだてる。
「なんですか?」
――おお! 名のことを言っておらぬ! お主らは山から名をつけられたのじゃ!
なんと!
「えええぇ? 名前? りゅーさまから!?」
なんだそれは、一刻も早く思い出さなきゃ!
「呼ばれることのない名だ。この世界に来たとき、私は竜さまから名前をいただいた。その名前は、人には発音できない」
――竜の言葉であるもの。ヒトごときには口にできぬわ! わしらの名を持つ者は、竜の力の分け前を受けるのじゃ!
「え? じゃあ、名前がなかったら、竜さまたちの力は受けませんか?」
「竜さまの側にあるものは、全て竜さまの影響を受ける。ただ、名をいただいた者は力を身体に留める――ように感じる」
もしかして、ニーノやシステーナやジュスタが百年以上生きてるのも、竜さまの力なのかな?
――ヒトはたいそう弱いゆえ、名をつけてやるのじゃ! せっかく呼んでも、すぐ死ぬるので、皆、難儀したわ! まったく、なにゆえそのように惰弱に生まれつくのか! 竜のごとく、一人で育ってみるがよい、ぽはっ!
「お? 竜さまが名前をつけるのはヒトだけですか?」
――ふがー! うぬぼれるでない、痴れ者が! わしらが決めるのじゃ! ウマやカラスに名をつけたこともあるぞ! お主らのいう特性を身につけた者もおる! ヒトはすぐに自分が特別だと思うのじゃ! なんとも愚かじゃ! 特別は、わしら竜だけであるぞ! ぽはっ! ぽはっ!
「おお! すごいです!」
特性を持つカラスなんて、とっても会ってみたい。
「そっか! エーヴェ、りゅーさまから名前もらってるから、特性なくても付き人です!」
両手を上げたくなったけど、危ないので我慢する。
「――それも当たらない」
静かな声に首をかしげた。
「たとえ、竜さまから名前をいただかずとも、ここにいる以上、貴様は付き人だ。何かを得たから特別、などと考えるな」
……むー。竜さまから名前をもらうなんてとっても嬉しいのに、なんでニーノは何度も釘を刺すのかな?
――そうじゃ! 特別は竜だけである!
お屑さまが満足げな声でぱたぱたしている。
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