12.竜の分け前
サーラスの開きを作り終えた頃には、だいぶ空気が湿ってきていた。夕方が近い。
「サーラス、みんなここに干しておきますか?」
「いや、邸まで運ぶ」
びっくりして、広げられた開きをもう一度見る。
つるで編んだ網に並べられた開きは、畳なら五枚分はある。
「網が重ねられねーんだよ。樽と網は、ジュスタとあたしが背負ってく」
システーナが網を、背負えるカゴの枠に引き出しみたいに仕舞っていく。
「ペロはどうします?」
サーラスの内臓が詰まった樽を縁を使って転がしながら、ジュスタが聞いた。
「エレメントの中はサーラスの皮でいっぱいですから、一緒に入れるのはちょっとかわいそうですよ」
ここに着いたときのペロの様子を思い出す。とってもおろおろしてたから、エレメントの中は嫌だったのかな。
――およ? もう帰るのか?
ぴょこんとお屑さまが顔を上げた。
「あ、おくずさま、おはよう!」
「もうだいたい片付いて。ペロをどう運ぶか話してたんですよ」
――なんと! 時が経つのは早いのじゃ! シスは力持ちであるから運ぶのは問題なかろう。ふわぁー! もう帰るのか!
……お屑さま、今、あくびした?
「おくずさま、ペロはエレメントの中が嫌いでしたか?」
きっとお屑さまなら、ペロの気持ちが分かる。
――エレメントは竜の一部である。不快なはずがないのじゃ! ペロは、ひとりぼっちの空間が心細かったのじゃろう。帰りは、ジュスタが運んでやるが良い!
「え……?」
ジュスタがビックリしている。
「樽背負ってくんだから、上にのせりゃいーんじゃね?」
システーナがゆらゆら歩いてたペロをつかんで、ひょいっと樽にのせた。
急に場所が変わって、ペロは樽の縁をうぞうぞ確かめている。
「……これ、落ちませんか?」
「落ちたら拾ってやるよ」
気がかりと当てにならない答えのやり取りを聞いて、ニーノに腕輪を見せる。
「エーヴェ、おくずさまと一緒に帰っていいですか?」
――む? 童はニーノと帰るのか? では、二手に分かれるのじゃな。わしを運べるとは童には過ぎた栄誉であるぞ! ぽはっ!
元気よくぴこんぴこんしているお屑さまを、ニーノが真面目な顔で見ている。
「帰りは少し急ぐつもりですが、万が一にも飛ばされてしまう危険は……」
――ぽはっ! 案ずるでない! シスの跳躍でも、わしはこの通り腕輪についておったのじゃ! シスはぴょんぴょんして、骨に負けず劣らずのあほうなのじゃ! ぽはっ!
お屑さまとシステーナ、前よりもっと仲良くなったみたいです。
「では、共に邸へ戻りましょう。――システーナ」
呼ばれて、システーナが片眉を上げる。
「エレメントを」
「あ、そっかー!」
左手についた竜の頭をぐりぐりとなでてから、システーナが左手を差し出す。向かい合ったニーノも左手を出した。
「戻れ」
ニーノとシステーナが同時に言う。
エレメントは白く光って包帯みたいにくるくる解け、システーナの左手からニーノの左手に巻き移る。
「おわー! 不思議です!」
「そうだね」
ジュスタも目を細めてる。
「ジュスタはエレメントつけられますか?」
「いや、俺はダメだな。ニーノさんとシスさんしか、エレメントはつけられない」
「なんと!」
ジュスタは百年以上生きてるのに、エレメントをつけられない。
じゃあ、私がエレメントをつけられるのはいつだ?
「ジュスタはいつつけられますか?」
「さあ……? いつだろう」
首をかしげたジュスタに、お屑さまがぴこんと伸び上がった。
――ジュスタならば、あと一万六千日ほどじゃ! 気配がだいぶ見えるのじゃ!
思わず、お屑さまを見つめる。
「気配? なんですか?」
「――お屑さま、お待ちください」
ニーノが声を上げたけど、お屑さまが止まるはずがない。
――童はものを知らぬのじゃ! お主らは竜の付き人として、力ある竜の側におる。竜の力の影響をずっと受けておるから、身の内に分け前が残るのじゃ! お主らは……なんじゃ? 確か特性と呼んでおろう! 竜の力とお主の興味を組み合わせて、特性と呼んで使っておるのじゃ! すべては偉大なるわしら竜のおこぼれであるぞ! ぽはっ! ありがたかろう! ぽはっ! ――む!? また口が開いておるぞ! しっかりせぬか!
注意されたけど、口を開けたまま、ばっとニーノを見上げる。
ニーノは軽く溜め息をついていた。
「本当ですか? ニーノもシスもジュスタも、竜さまのおかげで特性がありますか?」
――なんじゃ! わしの言葉を信じられぬと申すか! 無礼であるぞ!
「……お屑さまのおっしゃる通りだ。――だが、全ての付き人が特性を備えるかは分からない。今のところ、多くが何らかの特性を持つようだ。絶対ではない。もし特性が現れれば、竜さまにいただいた分け前として大切にすることだ」
「おぉー! エーヴェも、特性もらえますか!」
どんな特性かな? わくわくする。
「――エーヴェ」
声が厳しくて、思わず背筋を伸ばした。
青白磁の目が、冷たく射ぬくみたいだ。
……あれ? 怒られるようなこと言ったっけ?
「貴様はすでに付き人だ。長く竜さまに仕えた結果、特性をいただくかもしれない。だが、はき違えるな。特性は重要ではない」
お屑さまが笑いながら、激しくぴこんぴこんする。
――ぽはっ! 竜の力のないヒトなぞカス同然じゃが、ニーノはヒトゆえヒトにも重きを置くのじゃ! なんとも健気じゃの! ぽはっ!
……けなげ?
「いかにもニーノって感じだな」
分かるような分からないような顔でシステーナが呟く。
「特性なんかなくても、エーヴェは立派な付き人ってことだね」
樽を降りようとするペロを押し戻しながら、ジュスタがにっこりした。
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