11.日付の意味
システーナの所に着いて、皮むきと脂こそぎに戻る。システーナがだいぶ終わらせてたみたいで、意外と早くカゴのサーラスは尽きた。それで、ニーノが引き受けていた身を開く作業になだれ込む。
ペロは私が持ってきた籐のボールを飲み込んだり、吐き出したり。転がして、ちりんと鳴るのに固まったりしている。
岩をまな板代わりに作業する。ジュスタが頭の落とし方やお腹の開き方、内臓の選り分け方を丁寧に教えてくれた。
ナイフの刃先で、腸、肝臓、と解していく。
「新鮮だったら、サーラスの心臓に塩をして焼くのはとっても美味しい。でも、内臓は特に腐りやすいから」
「心臓――!」
きれいに取り出されたサーラスの心臓は、小指の先くらいの三角錐。
「あ! みんなこれ、さっき食べてた!」
ニーノが大人だけに渡している料理があったのを、急に思い出す。
「エーヴェだけ、外れです!」
「おちびにはまだ早えーの」
地面を踏んで抗議する。システーナはげらげら笑っている。
ニーノが眉間にしわを寄せた。
「昼は酒を加えていた。少し苦みもあって、貴様の好きな味ではない」
「エーヴェが食べないと、エーヴェが嫌いか分からないよ!」
「怒らない怒らない。邸に帰って食べよう」
口を尖らせたけど、邸で食べられるなら、まぁいいか。
「そうだ、ジュスタ、エーヴェ記念はどうして千六百……何日かと二,三六九日ですか?」
二枚開きができたところで、ジュスタを見上げた。
エーヴェ記念と言ったら、すぐにぴこんぴこんしそうなお屑さまは、腕輪から地面にぷらーんと垂れてる。こうなったときにはびっくりしたけど、お屑さまは急に眠ってしまうらしい。
腕輪のお試しでお屑さまと過ごしてたシステーナは、
「どういうタイミングで寝んのか、どのくらい寝りゃ起きんのか、ぜんっぜんわっかんねーの!」
と面白そうにお屑さまをつっついた。
「一,六五四日だったね。俺も日数の意味は知らないなぁ。ニーノさんからナイフをもらったのが、その日だったんだよ」
びっくりしてニーノを見る。ニーノは黙々とサーラスをさばいている。
「ニーノ、なんでその日ですか?」
「――理由はない。ジュスタにはいい刃物が必要だった」
ジュスタを振り返ると、蜂蜜がとろとろだ。
「シスは? 何かもらいましたか?」
システーナは鼻の頭にしわを寄せた。
「覚えてるわけねーだろ。まぁ、ニーノにはいろいろもらってるぜ? 何だったっけ?」
「貴様にはサンダルをやったが、はきたがらなかった」
システーナは爆笑する。
「なんかあった気ぃすんなー! あれって、そんな頃なのか」
「シス、小さい頃、はだしだったの?」
本人は頼りないので、ニーノに聞く。
「システーナは髪を結んだり、手や足に何かをつけるのが気に食わない子どもだった。物心つくと、私を警戒して竜さまにぴったりくっついていた」
「へえ、シスさんが」
「なんだか、ペロみたいだね!」
ジュスタと目を見交わして笑う。
システーナは開いたサーラスをひょいっと網に投げた。
「そーかぁ? あたし、けっこうニーノについて回ってた気ぃすっけど」
「ついて……? そうだな、つけられている気はした。竜さまが警戒しなくていいと言い含めてくださったのだろう。何より、食事で私のそばに来ないわけにはいかなかったな」
小さいシステーナが警戒しながらニーノの後ろをついて行く場面は、とっても面白い。
「ジュスタは? ジュスタはニーノを警戒しましたか?」
ニーノが首を振った。
「ジュスタはなんでも質問しに来る子どもだった。だが、一人で集中している時間も多かった」
「それは今も変わんねーな」
システーナが肩を揺らす。ジュスタはゆったり笑う。
「シスさんもニーノさんもかっこいいから、俺は学んでたんですよ」
「お、エーヴェも! エーヴェも学びます! でも、エーヴェはジュスタもかっこいいと思う!」
手を上げて宣言すると、ジュスタは汚れた手の代わりに肘で頭をごりごりする。
「なんだ。ジュスタ、ちびのとき、あたしにびびってんのかと思ってた」
「子どもが貴様に気圧されるのは仕方ない」
「なんでー?」
小っさいジュスタと迫力満点のシステーナも、なんとなく想像がつく。
「ジュスタもおちびって呼ばれましたか?」
「うんうん」
「今じゃ、こんなに大きくなってなー! あたしよりは小せーけどさ」
システーナは、この中でいちばん大きい。私も大きくなるけど、システーナより大きくなるのはとっても難しい。
「でも、ぜってーあたしより育てやすかっただろ、ニーノ」
「誰が簡単ということはない。システーナは危ないとき騒ぐが、ジュスタは危ないときも静かなままだ」
「おおー」
思わず、システーナと声を合わせた。
「それで、記念とは何だ?」
ニーノの言葉にはっと気がつく。
「あのね、竜さまのところに来てから、エーヴェ、もうすぐ二,三六九日。エーヴェ記念です! でも、ニーノもシステーナもジュスタも竜さまもペロも、エーヴェ、お祝いしたいです!」
「……それぞれ来た日から数えて、記念を作りたいということか」
「そうです!」
意気揚々と見回した顔は、みんな不思議そうだ。
「そんなの、祝いたいときにすぐ祝えばいーんじゃねーの?」
「それぞれの記念を覚えておくのが、ややこしいかな……」
あれー? 思ったより、反応が鈍い。
「記念があったら、その日が来るのは楽しいです!」
「それ以外の日は楽しくねーの?」
「お? 楽しいですよ!」
竜さまの側にいて、みんながいて、面白いことがいっぱいあります。
「――記念を決めれば、祝う準備がしやすいのだろう」
「準備する日が、なんか形無しじゃね?」
システーナはサーモンピンクの瞳をきらきらさせる。
「おちびがよく来たなーって、あたしはいっつも思ってんぜ? だから、記念ってなんか分かんねーや。その日だけじゃねーもん」
「そっかー」
いつもそう思ってても、伝える機会がないから記念の日を作って伝える。でも、システーナは伝えたいと思った瞬間に伝えるんだな。
私は誕生日のイメージだったけど、システムがないってややこしい。
暦があって、一年という単位があって、同じ日が巡ってくる感覚があるから、誕生日が個人にとって特別な日なのか。
「むー、難しいです」
誕生日をしようとすると、たくさん必要な物がある。
誕生日じゃなくていいのかもしれない。
みんなが楽しくて、祝いたい日――。
「りゅーさまの飛ぶ日は、きっと記念です!」
「そりゃそーだ」
「みんなでお祝いします!」
ジュスタがにっこりした。
「そうだね、それなら分かりやすい」
まだ先のことだけど、どうやってお祝いするか、考える。竜さまだけじゃなく、みんなにお祝いする。
やっぱり、楽しみが、もっと楽しみになる気がする。
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