9.ヒトの理想
皮を剥く作業は、思ったよりも難しい。尾っぽ側に刻み目を入れて、少しだけナイフをさし込む。皮に持つ部分を作り、ぐいーっと力一杯引っ張る。
「皮の下に脂肪――脂だね、があるから、力任せで肉と分けられるんだよ」
システーナもジュスタも、魔法みたいに皮を剥いで、きれいに洗って形を整える。
「でも、剥いだあとは、脂要らないですか」
システーナが念入りに脂の層をそぎ落としている。
「皮が腐っちまうからな。でも、皮を柔らかくするためには脂がいるらしーぜ」
ナイフ一つで切るのもそぐのも、何でもやっちゃうから、すごい。
「腐らないように植物の液に浸して干すんだよ。でも、干すとカチカチになるだろ?」
「はい! 干した魚はカチカチです」
「でも、皮は柔らかくして使いたい。だから、何度も脂を塗って馴染ませるんだ」
――植物の液はどうやって作るのじゃ! 何の植物じゃ? 物が腐るは道理、なぜ腐らぬことが起こるのじゃ? む? 童! 手が止まっておる! 口も開いておるぞ!
お屑さまがやいやい言うので、む、と口を閉じて脂をこそぐ。ジュスタがお屑さまに説明してたけど、私は集中だ。
ナイフはとても切れるから動かす方向を間違えると皮を切ってしまう。力を入れすぎても、皮が薄ーくなって、穴が開いてしまう。
力を加減して、刃の向きに気をつけてきれいに十分な厚さの皮が残せると、とても満足する。
「きれいにできた!」
システーナやジュスタより、ずっと長い時間がかかる。形もあんまりかっこよくない。
「うん。とっても丁寧にできてるよ」
「初めて穴が開かなかったな」
二人ともほめてくれて、にこにこした。
皮を持って、ニーノの所へ行く。
「ニーノ! きれいにできた!」
皮が剥がされた身のほうを、ニーノは担当している。
手渡した皮を確かめ、ニーノは頷いた。
「上出来だ」
おおお!
「やりました!」
――やったのう、童! さすがわしを身につけておるだけはあるぞ! 何に役立つか分からぬ技じゃが、人間には大きなことなんじゃろう! 誇るがよい!
お屑さまもほめてくれる。うぉほっほだ。
「皮をきちんと片付けて来なさい」
「はーい!」
ニーノの冷たい声に、返事をする。
皮を広げて並べてから、ニーノの所に取って返した。
「ニーノは何をしてますか?」
無言の手許をのぞき込む。ニーノは、サーラスの身を開いて、塩して干している。
「こっちはサーラスのお腹の中身」
木の樽に内臓が溜められている。
「塩をして発酵させると、独特の風味が出る」
何かな、醤油に似てる。よく知らないけど、魚醤というやつかも?
「ニーノは料理が好きですか?」
ぽん! と何かがはじける音がして、びっくりした。見ると、キツネの尻尾みたいなのが茂みに飛び込んだ。
「自分の食事は、自分で用意すべきだ」
ニーノの顔を見上げる。全然、びっくりしていない。
さっきのキツネ(?)、干した魚を盗もうと近づいていたのかな?
「ぽんって、ニーノがやった?」
――そうじゃ! お主は変なことばかりするから、面白いのう! どうやったのじゃ!
お屑さまもぴこんぴこん盛り上がっている。
「干したサーラスにある程度近づくと、触れた空気がはじけるように壁を張り巡らせています」
――童! 近づいてみるのじゃ!
「え! いやだよ!」
――なんと! わしの言いつけが聞けぬのか! では、腕輪を放して飛んで行くぞ!
「だめだよ! おくずさま、どっちに飛ぶかわかんないよ!」
仕方ないので、干したサーラスにそーっと近づいてみる。手を伸ばしたら魚に手が届くかな、と思ったとき、
ぽん!
「わ!」
鼻先で空気が破裂して、小さく風が起こった。
――面白いのじゃ! どうやったのじゃ? 童! もう一度やってみせよ!
「やらないよ! びっくりします!」
ニーノの所に駆け戻って、仕事の様子を眺める。
――人間はどうして料理をするのじゃ? 新鮮な獲物をそのまま丸呑みするのがいちばんうまかろうに。手間もかからぬ。
「おくずさまは波を食べるから、料理できません」
――なんじゃ、竜の全てが波を食うわけではないぞ! 泥など泥をそのまま貪っておろうが!
お泥さまが泥を食べる姿を想像すると、にこにこする。
「おどろさま、桃が大好きだよ!」
――泥! 桃なぞ食うたか! 自分で取れぬ物を口にするなぞ、竜にあるまじき怠慢じゃぞ! まったく、付き人となれ合うにもほどがあるのじゃ!
「人間は食料をより多く、より長く確保するために料理をいたします」
お屑さまの言葉にむっとしかけたところで、ニーノが口を開く。
「果実は熟れた物を食べるのが何よりおいしい。しかし、熟れる時期はとても短く、それ以外の時期には、他の食べ物を探さねばなりません。そのため、果実が腐って食べられなくなることを止め、長く食べ物として側に置くのが料理です」
ドライフルーツのことかな?
「ニーノ、それって料理? ほかん?」
「食べにくい物を食べやすくして口にすることも、一時期しか得られないものを長い時期側に置くことも、私は料理だと考えている」
「おお」
ニーノの考えだと、いろんなことが料理になりそう。
毒がある植物を、掛け合わせで毒をなくして食べられるように品種改良することも、ニーノには料理だ。
――ぽはっ! 人間は食べることがずいぶん好きと見える!
「お腹がすくと、とってもさびしいよ! 力が出ません」
――四六時中満腹など、ありえぬことじゃ! 空腹でこそ、遠くに行く気も起きるというもの!
「じゃあ、おくずさまは、いつもお腹空いてますか?」
お屑さまは激しくぴこんぴこんした。
――わしの腹は少しで満ちるのじゃ! わしは竜じゃからな! 空腹であくせくせぬのじゃ! ぽはっ!
「えー! おくずさま、いいなー!」
「空腹であくせくしないのが、人の理想かもしれません」
思わず、ニーノを見上げた。
ニーノの声が、珍しく優しい気がした。
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