8.滋味
定期的な投稿まで、もう少しお時間いただきます。
サーラスに集まってきたのは、エーヴェたちだけじゃない。白い羽がかっこよく伸びた水鳥やカモみたいな形の鳥、離れた岸には耳がピンとしたキツネくらいの獣が見える。
みんな、サーラスを食べに来てるんだから、サーラスは大変。サーラス同士でも、青い背びれをくねらせて、あちこちでぶつかり合う。
「ケンカするなら、こんなに集まらないでいいのに……」
えいやっとシステーナがつかみ取ったサーラスは、ケンカのケガで背中の肉が見えてしまっている。
「卵からかえったばかりなんだよ。望んでここにいるわけじゃないんだ」
ジュスタは長細い網を使って、サーラスを一匹ずつ捕ってはカゴに入れていく。左手はペロの鉢を抱えてるのでやりにくそう。
「システーナ、ケガをしているサーラスはこちらのカゴだ」
「えー? そんなのあとから分けよーぜ! カゴの中でケンカすっかもしんねー」
不満を言いながら、システーナは指示されたカゴに放り込む。
「エーヴェは? エーヴェはどうしたらいいですか?」
――童! ぼやぼやするでない! 水に入ってつかみ取るのじゃ!
お屑さまからぎゃんぎゃん言われて、水に近づく。
サーラスとサーラスの間が五センチずつくらいで、どこに足を置こうか迷う。そろっと足を入れると、砂利と枯れ葉が混じった水で、ときどきサーラスのお腹がくるぶしをなでる。
「うひゃひゃ! くすぐったいです!」
――うひゃひゃではない! 狩りは笑い事ではないのじゃぞ! 油断しては狩られるのはお主じゃ! ささ! 猛然と捕るのじゃー!
「おお! エーヴェ、捕ります!!」
えいっとかけ声と共に、サーラスに手を伸ばした。浅い所にいるので、すぐに触れたけど、すごい力で身をよじられてひるむ。
「わわっ! おくずさま! サーラス力が強いよ!」
――当たり前じゃ! お主とて山にかぎ爪で摘ままれれば、必死で身をよじるじゃろうが! サーラスとて同じこと、食べる気で参れ!
竜さまのかぎ爪で摘ままれるのを想像すると楽しい気分になる。身をよじるかは分からないけど、全力を出すって言いたいのかな。
「食べる気です!」
気合いを入れて、えいっと両手でサーラスのお腹をつかむ。
頑張って力を入れたけど、背びれがちかっとして手を放した。
――むむっ? なぜ、手を放したのじゃー!
「おくずさま、サーラスの背びれ痛かった」
掌を見ると、赤くぽつっと血が浮いている。
――なんと! ニーノ! エーヴェが掌を刺したぞ! 早う、参れ! まったく! 背びれは痛いものと相場が決まっておるのじゃ! 頭を押さえぬか! ケガをするなどまったく、童はものを知らぬのじゃ!
ぷうと頰をふくらませると、ニーノがやって来て掌を取る。
「――大した傷ではない。サーラスに毒はない。心配要らん」
しげしげ傷を見たあとで、ニーノが言う。
腕輪のお屑さまはずっと、「大事ないか!」と叫んでいる。
掌の傷に、ニーノが指で触ると一瞬、傷口がひやっとした。刺したときから続いてた痛がゆい感じがなくなって、不思議だ。
ニーノは袖から木の実をくりぬいて作った器を取り出す。白い薬をちょっとだけ指に乗せて、傷口に塗った。
「よし。――サーラス捕りを続けろ」
ケガしてちょっとしょげてたけど、元気が戻る。
「エーヴェ、やるぞー!」
「おお! がんばれーおちびー!」
遠くで熊みたいにサーラスを跳ね上げてるシステーナが、右腕をむきっとしてくれた。
どいやーっと身体ごと、サーラスに飛びついた。腕と身体を使って、ぐねぐねするサーラスを押さえて、じっくり立ち上がる。
――よいぞ! 今度こそ捕れるぞ! 気を抜くでないぞ!!
腕輪についたお屑さまの声が聞こえる。
立ち上がったあと、いそいそ水がない方向へ歩いた。
「捕ったー! 捕ったー! エーヴェ、捕ったー!」
――皆、よく見るのじゃ! 童の獲物じゃぞ! 繰り返しの努力とわしの助力のたまものである!
全身ずぶ濡れで、ちょっとケガをしたけど、一抱えあるサーラスを捕まえた。
「おーおちびー! やったなー」
「大きなサーラスだね」
平たい岩の上でサーラスをさばいているシステーナとジュスタは笑顔だ。ペロは落ち着いたみたい。水の近くでちょっと大きくなってる。
「よくやった」
ニーノがサーラスを受け取って、しげしげ見る。
「これはこの場で料理する。貴様は服を着替えろ。もう十分な量捕ったからな」
「お? もういっぱい捕りましたか?」
ニーノから服を受け取りながら、改めてよく見ると、カゴの中はサーラスでいっぱい。
システーナとジュスタは、サーラスの皮と身を分けている。もう加工を始めてるってことかな?
「おくずさま、ちょっとここにいてください」
木の枝に腕輪をかけて、長袖長ズボンを脱いで、普段のワンピースをかぶる。ニーノの所に戻ると、岩に座るように言われた。
ニーノは近くの木や岩で炉を作っていた。サーラスの鱗を取って、内臓を出し、開きにして炉の上で焼く。内臓の中から、いくつかは一緒に焼いてる。残った部分も器にしまっていた。
「――? あれ? ニーノ、エレメントは?」
ニーノの料理にいちいち口を出しているお屑さまをさえぎって聞く。
「エレメントはシステーナに預けている。皮の保管に使う」
「こっちだぜー!」
システーナが左手をぶんぶん振って見せてくれた。
なんと、エレメントは受け渡しができます。
「エーヴェもエレメント、つけられる?」
「貴様はまだ無理だ」
むう、と口を閉じたところで、鼻を良い匂いがくすぐった。
――滋味じゃ!
作業をしていた二人も手を止めて、みんなで昼ご飯になる。大きくなったペロは、ジュスタの近くで石をくわえたり、吐き出したりしてる。
「滋味じゃ!」
お屑さまの真似をする。サーラスの脂が火に落ちるたびに、香ばしさが広がった。
サーラスの開きを、持ってきたトウモロコシクレープに包んで渡される。焦げ目がついた白身にかぶりついた。香ばしくて、柔らかい。
見た目や大きさから鮭を想像してたけど、アジに近いかな?
「おいしいー!」
パサパサトウモロコシクレープに脂が浸みて豪勢な味。
香草のスープも渡されて、お腹がぽかぽかに満たされる。ジュスタもシステーナも美味しそう。
「なーなー、二、三枚なら皮食っていいだろ?」
システーナがジュスタにお伺いを立てる。
「穴が開いた奴ならいいですよ」
「皮、おいしいですか?」
システーナがにまーっと笑う。
「カリカリに焼くとうめーんだよ!」
ニーノが無言でパリパリに焼いた皮をくれた。
端っこをかじる。
「おお!」
魚くさくない。ポテトチップスみたい!
「おいしい!」
――滋味じゃ、滋味じゃ!
何一つ食べてないのに、お屑さまは嬉しそうにぴこんぴこんしている。
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