13.サボテンの実
短めです。
今日も、鍛錬担当はニーノだ。
ジュスタは出来たての鋼で忙しいらしい。一日の終わりに、へろへろになって竜さまに会いに来る。
石を飛び移って小川を渡りながら、藍色の服を追う。
ニーノの服は、アオザイや中国服を思わせるシルエットだ。沢の風で揺れる長い裾に、水面の反射が透けている。
竜さまの記憶で見たニーノは、貫頭衣みたいな物を着ていた。
――服はニーノの発明なのだろうか? それとも、ジュスタかな?
ジュスタの服は鳶服っぽい。上は暑いのか半袖だけど。
飾り気零のニーノと逆に、ちらちらするアクセサリをジュスタはたくさんつけている。
「ねえねえ、ニーノっていくつ?」
大きな流れを飛び越えるとき、ニーノは手を貸してくれる。
スコールがない間、沢の水は透明でガラスみたいだ。
「――はっきりは分からないが」
すいすい歩くニーノと並ぶには、小走りしないといけない。
「九万一千日は超えている」
は?
――きゅうまん?
「……ニーノ、わりざんできる?」
「六枚の竜さまの鱗を三人で分けると、一人二枚というやつか」
素晴らしい例えに、首をこくこく振る。
「九万一千日、三六五でわって」
「なぜそんな半端な数字で」
「わってー!」
「……おおよそ二五十だな」
目をむいて固まった。
ニーノが足を止めて、振り返る。
「じゅ……ジュスタは?」
「ジュスタは四万日ほどだ」
ぇげー、百歳超えてる!!
ニーノもジュスタも、二十代から四十代ならまあ納得の外見だけど、老人の域には達していない。
まさか、まさか、不老不死?
――どこ、ここ?
今更な疑問にパニックになる。
「どうした」
冷ややかな眼差しに、はっとする。
「りゅーさまは?!」
思わず、両手を握りしめた。
ニーノはしばらく黙り、後方を示す。
高木の屋根の向こうに、険しい山の線が見える。
「以前、あの山がなかったとはお聞きした」
ほうと息をはく。
――さすが竜さま。地質年代スケールの時間を生きてらっしゃる。
竜さまの前では、万物が些事だ。
安堵した視界に、妙な物がよぎった。
遠い。高木の向こうに何かがちらりとして、消える。
しばらくして、また、ちらり。
見間違いだろうか?
「行くぞ」
「ねーニーノー」
尋ねようとして振り向き、目を丸くする。
川岸の岩を這っているサボテンに、大ぶりの赤い実がなっていた。
数日前、白いきれいな花が咲いていた記憶がある。
だが、まさか、これは――。
ドラゴンフルーツ!?
表面がドラゴンの鱗みたいだから名付けられたという、あの!
「あれ食べたい!」
指さして力説する。
名前に惹かれて食べたけど、一度も甘かったことがない。
是非一度、美味しい思いをしたい。
駆け寄るけれど、実に手が届かない。隣に立ったニーノが、サボテンの実を検分する。
「これが熟れている」
ニーノが手首を跳ね上げると、ドラゴンフルーツはきれいに六つ切りになった。
中が赤いやつだー!
「甘いかどうかは、知らんぞ」
「そーなの?」
「木によるからな」
渡された一切れにかぶりつく。
しゃり、しゃり……。
「甘くないか」
「……ちょーっとだけあまい」
水分は感じるし、さっぱりしているので、ニーノの掌からもう一切れ取る。
首をかしげて吟味していると、ニーノも一切れ、口に運んだ。
珍しくて、思わず、口が開く。
「そうだな。……少しだな」
こちらを見たニーノに瞬いた。
「ニーノ、笑ってる」
ドラゴンフルーツの果汁が顔について、ちょうど笑顔の形になっている。
身体に揺れを感じて、笑いが引っ込んだ。
地震?
それにしては短いし、繰り返されるのは変だ。
――これ、地響きというやつでは?
何かが近づいてくる。
鳥や動物が慌てる気配に、首をすくめて樹上をうかがう。
ニーノがいつも通りだから、危険はないと思うのだけど。
こんなに音を立てるのだから、きっと巨大な何かだ。そして、明らかに近くなっている。
ニーノが顎を上げたのを見て、私も空を見上げる。
一瞬後、巨大な塊が日の光をさえぎり、落ちてきた。
川瀬の水が、ばっと散る。
――隕石? まさかゴーレム??
でも、間近にした岩の塊は、むき出しじゃない。ゴザやロープでまとめられている。
その大きな大きな塊の下に、足が見えた。
ゆっくりと岩が傾く。
ゴゴゴゴゴ……と背景に書きたい気迫。
人が現れた。岩を背負っている。身体は岩の二十分の一くらい。岩が大きすぎて、スケールが分からない。
まず、両手両足の筋肉に目が奪われた。太腿なんて、はちきれそうだ。
日に焼けた顔が、歯を見せて笑う。
「いーっす。たっらいまー」
この人が、この世界で初めて会う女性だった。
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