4.美しくてこわい景色
鍛錬から帰って、竜さまの洞へ向かう。ニーノは邸でやることがあるようで、一人で走った。
「お! ペロー! まだここにいましたか!」
竜さまの前を、ペロがよろよろ歩いている。洞のあっちの壁からこっちの壁へ。のそのそ歩くだけなのに、楽しそう。
「ペロ、最近は昼でも動いてます」
――うむ。どうも頭にかぶったおかげで、水が蒸発しにくくなったようじゃ。景色が見えるのかは、よく分からぬが。
「おお! ジュスタがいろいろ作ったおかげです!」
よかったねーとにこにこ眺めていると、ペロはこっちに寄ってきた。
「ペロ、エーヴェと仲良くしたい? エーヴェは仲良くしたいよ!」
鉢をこんこんすると、ぴたっと止まる。
――ペロは何でも興味がある。エーヴェと同じじゃな。
竜さまが金色の目を細めた。
「おお、同じ! 仲良くなれます!」
たたっと距離を空けて、手招きする。
「ペロー! こっちおいで!」
ペロは鉢を傾けて、止まっている。
――ペロ、エーヴェが呼んでおるぞ。
竜さまの声に、ペロは鉢を立て直し、よろよろこっちに近づいてきた。
たどり着いた鉢をこんこん叩く。
「ペロ、立派です!」
ペロは、音にいつも固まる。
「ペロは音がきらいですか?」
もちろん答えはない。音が収まって、リラックスモードになってる。
――ペロは音が伝わる感じにビックリしておる。身体に波紋が現れるようなものじゃ。
「ほぉー!」
どんな感じかな? ビリビリかな? ゆあんゆあんかな?
――屑と少し似ておるな。あやつは波を食らう。
思わず、竜さまを見上げる。
「お屑さま、波を食べますか! どうやって??」
竜さまは首を傾ける。
――はて、それは分からぬ。あやつは振動が糧となるのだ。音、声、海の波、光……竜の中でも、いちばん食うには困らぬな。
鼻息がふわっと上がる。
「おおお、じゃあ、お屑さまがぴこんぴこんするのも、ご飯ですか?」
――ぴこんぴこん?
竜さまが不思議そうなので、お屑さまの真似をして上下運動する。
ばっ、ば、と竜さまが笑った。
――ぴこんぴこんか! あれは癖であろう。あやつは気ぜわしいゆえ、動かぬと落ち着かぬのじゃ。
思わず、大きく頷く。お屑さまはとっても気ぜわしいです。
「そうだ、りゅーさま! りゅーさまのお名前の封印のこと、ジュスタとニーノと話しました!」
あれ? システーナとは話してないぞ。
「りゅーさまは、お名前封印したままがいいですか?」
――エーヴェは、我が名が知りたいのであろう?
ちょっと悩んだ。ペロの横に座って、鉢の底をドラムみたいに叩く。
「エーヴェはりゅーさまをりゅーさまって呼びます。それがりゅーさまのお名前。封印がりゅーさまにいいことなら、それでもいいと思います! でも、りゅーさまのお名前が分かったら、きっといっぱい嬉しい!」
竜さまは金の目で、じいっとこっちを見てふわっと鼻息をもらした。
――エーヴェ、以前、怖いことがないかと聞いたな。
聞いたような気もする。
――まだ世界がこのような不毛の地に覆われる前、空を高く飛んだことがある。
竜さまが鼻先を空に向ける。
今日の空は少し雲がかかって、日の光が当たってる森と当たってない森がある。光の筋が空から森へと斜めに走ってて、きれい。
――木の屋根を過ぎ、山の頂を越え、雲を幾層も抜けていく。空気は冷たくなり、わしの羽をもってしても、なかなか上がれない。それでも、忙しなく羽を動かし続けるうち、空の色が変わった。
空の色?
――青い空が、徐々に暗くなる。夜空の色に近づくのじゃ。大変美しい色であったが、ふと下を見たときに驚いた。山の頂が地面のしわに見えた。雲ですら、綿毛のようじゃ。
ふわっと目の前に景色が広がる。
大地は遙か下で、飛行機から見る景色よりずっと高い。これは……もう宇宙に近いのかもしれない。
――ここより高く飛ぶことはできる。だが、戻れぬ気がした。戻れぬと思ったとき、腹が冷えた。……わしはそれ以上行かずに、首を地面に向けたのじゃ。
金の瞳にちらちらと赤い光が揺れた。
――怖いのは、ああいうことであろう。わしは美しい空よりも、いろいろがおるここが好ましい。
思わず、にっこりした。
竜さまが地上に戻ってきてくれて、よかったです。
――エーヴェ、わしは封印のわけを覚えておらぬ。だが、おそらく、好ましいものを失わぬようにであろう。
「りゅーさまは、ここが好ましいです! エーヴェもここが好ましいです!」
竜さまが頷く。
――好ましいものを失いたくない。これを知っておれば、封印が解けたとて、まぁ大事あるまい。
「おおお」
自信に満ちた竜さまが、とっても誇らしい。
「りゅーさまはーいーだーいー! 大きくてーいーだーいー!」
ペロの鉢を抱えて、揺れながら歌った。
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