3.隠した印
進みがまったりです。
竜さまにお泥さまの座を見せてもらって、嬉しくなってうぉっほっほをした。ペロがまだこっちを見ている気がする。
うぉっほっほがしたいのかな? でも、ペロが跳ねてるところは見たことがない。できるのかな。
「エーヴェ、鍛錬に向かうぞ」
ニーノが近づいてきたけど、ペロは同じ位置で踏みとどまってる。ジュスタの近くだから、頑張ってる感じだ。
「はい! 行きます! りゅーさま、またね!」
――うむ。
竜さまにもう一度うぉっほっほを披露して、鍛錬に出発した。
大きな木の幹にへばりつき、ニーノとおしゃべりする。
「ねー、ニーノ。封印は解かないほうがいいですか?」
お泥さまを見て、大事な疑問を思い出した。いろいろなことが起こって、すっかり忘れてしまってた。
「何の話だ」
ニーノはいつも通り。
「えーっと、おどろさまにりゅーさまのお名前聞きました。なんと、りゅーさまはお名前を封印したのです! りゅーさまも、どうして封印したか覚えてません。エーヴェ、お名前、知りたいなぁと思うけど、ジュスタはりゅーさまが思い出したくないなら、そのままがいいかもって言いました! ニーノもそう思う?」
「なるほど」
上の枝にのって、こっちに枝をたわめてくれながら、ニーノは考えている。
「封印にも、いくつか種類がある。一つは、絶対に出てくるなと災いを閉じ込めるもの。これは災いが勝手に出てくるから、悩むことはない」
……閉じ込められてじっとしてる災いはないってことかな?
「一つは有用だが、力が強すぎるものを管理する。例えば、大きな岩を粉々にできる道具があったとして、普段は扱いに困る。だが、道が落石で塞がれたときは便利だろう。傷んでも惜しいから、傷まない場所で保管する」
「ほかん、何が違いますか?」
太い枝の上に身体をのせた。
「保管は傷まないように、すぐに使えるように持っておくこと。封印は、簡単に使うな、という意志だ」
「おお!」
うかつに使うと悪いことにもなるって、みんなをおびやかしてるんだね。
「封印は周囲に大きな影響を与えるものに対して行われる。だから、もう一つは、ある事実が人をあまりにも傷つけるときだ」
……事実が人を傷つける?
「だが、時間が経てば人は成長し、影響を受け止めて役立てられる……場合がある。そのとき、封印は解くことが望ましい」
「んー? 封印は、解かれたい?」
「封印を解く側による」
ニーノに襟首を引き寄せられた。はっとして見ると、枝の端に寄りすぎている。
「封印は何かを隠しながら、一方で隠した場所を忘れないようにしている。ここに隠したと、印が残る。隠されたまま、時期が来れば芽吹く種のようにはいかない。誰かが影響を受け止める気で解くならば、封印も嫌がりはすまい」
「でも、りゅーさまは封印したこと忘れてたよ」
しゅるしゅると木の幹にすがって降りる。
記憶と力ごと封印するって、どういうことか分からないけど。
「それでも、貴様は封印に気がついた。封印とはそういうものだ」
何かを隠して、そこに印をつける。
「じゃあ、ニーノは封印は解いたほうがいいって思いますか?」
「封印は、影響を引き受ける気持ちを持っているなら、解いたほうがいい。何かを隠すのは問題を生みやすい」
ニーノがぴたりと止まったので、慌てて立ち止まる。
青白磁の目がまっすぐこちらを見下ろしている。
「しかし、エーヴェ、貴様は子どもだ。焦るな。そして、まず、竜さまとお話しろ。封印について覚えておられずとも、ご自身のことだ、きっとお考えがある」
やっぱり、竜さまと話すのが大事です。
歩き出したニーノについていく。
「ニーノはりゅーさまのお名前、知りたいですか?」
「そうだな……。知れば嬉しいと思う。だが、今までずっと竜さまとお呼びしてきて、それが竜さまを意味することは揺るがない」
自分の座の竜さまを竜さまと呼ぶシステム。他の座の人からは別の名前で呼ばれる。竜さまによると、竜さまには二つ名前がある。すると、竜さまはたくさん名前があるので、一つの名前にこだわるのは、あんまり意味がないのか。
うーん、と首をかしげる。
「お骨さま、クァラルさまだって教えてもらいましたけど、お骨さまのほうが言いやすいです」
「お骨さまは呼ぶためのお名前だからな」
だとすると、りゅーさまも呼ぶための名前。
「りゅーさまのお名前、分かっても、きっと呼びません……」
それは、ちょっとがっかりだ。
「だが、知っていると幸せだ」
「――お? はい!」
「嬉しいこと、幸せなことは大事なことだ。とくに、貴様は子どもだ。嬉しいなら、いい」
ニーノの言葉に力がわく。
「エーヴェ、帰ったら、竜さまに聞いてみます!」
両手を上げて宣言すると、ニーノはただ頷いた。
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