22.お屑さま
次話から新章です。
食事の前に手を洗いに行くと、貯水槽の前でジュスタも手や顔を洗っていた。
服が泥まみれだ。
「ジュスタ! 泥人間!」
「んー? エーヴェも泥人間だぞ?」
そういえば、水たまりを荒らして回ったので、服もサンダルも泥だらけ。
「エーヴェとジュスタ、泥人間!」
「ほら、顔も洗いな」
ジュスタが桶に水を溜めてくれたので、手と顔を洗う。
「ジュスタも飯食うのか?」
「排水溝の掃除が大変だったんで、お腹空きましたね」
「ありゃー、昨日けっこうやったけどなー?」
「やってたから、よかったんですよ」
みんなでわいわい食堂に入ると、いい匂いがした。
いつもは葉包み焼きになるマッシュされたイモが、丸めてそのまま焼かれている。外がカリッとしてて、これもおいしい。
もう一つはスコーンみたいな外見で、歯ごたえはみっちりしてる。甘みがあるので、割ってみると、ドライフルーツが入っていた。
「お! これはクレの実ですよ!」
こうなると、完全にブルーベリーの見た目。ほの甘い。
「大風のあとは、こういうの作って食べるんだぜ」
システーナがにこにこしながら、みっちりスコーンを食べている。
「片付けが忙しいからな」
そうか、葉っぱで包む手間を省いてるんだね。
ジュスタも嬉しそうにみっちりスコーンを食べている。もしかしたら、大風が来たときのならわしなのかもしれない。
昼ご飯のあとは、窓の覆いを取ったり、屋上の物置に荷物を運び直したりだ。
「ジュスタはおくずさま、会ったことありますか?」
「おくずさま?」
物置の壁板を張り直すジュスタに、板を次々渡す。
「鍛錬のとき、森の川で拾いました! とってもおしゃべりな竜さまなのです。今は、ペロの中にいるよ」
蜂蜜色の目が微笑む。
「それはぜひお会いしたいな。そういえば、お昼のときペロは見なかったけど」
「りゅーさまの所だよ! ニーノにおびえてます」
「あれ? また?」
下から板を運んできたシステーナが爆笑して、また地面に飛び降りていく。
「ニーノさんは、ペロを怖がらせないようにしてたと思ったけど」
「ペロがおくずさま食べちゃったから」
「あらら。なんで食べたの?」
「分かりません! でも、おくずさまも竜さまだから、一緒にいたいのかな?」
「ふーん?」
ジュスタは首をかしげて、何か考え込む。
「貴様ら、終わったらこれに縄をかけるぞ」
外した窓の覆いを抱えて、ニーノがふわっと屋上にやって来た。
「はーい!」
ぜんぶ立派に片付いて、みんなで洞に向かう。
お屑さまの声がぎゃんぎゃん聞こえると思ったのに、洞は静かだ。
「りゅーさま! おくずさま、帰っちゃった?」
駆け込むと、竜さまは鼻先でお腹の横を指す。
すっかり落ち着いたペロがのそのそ歩き回っていて、お屑さまは鉢の中でゆったり回っている。
――寝ておるようじゃ。
「おお!」
さっき竜さまに、昼過ぎまで寝るなって言ってたのに。
ペロはのそのそこっちにやってくる。サイズはまだ大きいままだ。
「これが竜さま?」
ジュスタたちがやってくると、ペロの動きが止まった。近づいたジュスタに、すばやく寄っかかるけど、ニーノが見えない位置をキープしてる。
「ペロ、大きくなったね?」
ジュスタはガラスの鉢の底をなでる。なでられてるのかよく分かんないけど、ペロはリラックスポーズだ。
「ニーノは怖がられてんなー」
笑ってるシステーナの横で、ニーノは無表情。
「竜さま、ペロと共に、お屑さまにご滞在いただくことでよろしいのですか?」
――よかろう。しかし、屑の止まり木があればよりよい。
「止まり木?」
――こやつは尾を巻きつけたり、輪になることでひとところに留まる。ペロの中ならば飛んでいくこともないが、ペロから出れば、いつ飛ばされるか分からぬ。
なるほど、タツノオトシゴみたいな感じかな?
――こりゃ! 勝手に我が特技を語るでない!
ぱっとお屑さまの声が響く。
――やれ。うるさいのが起きたか。
「おくずさま! おはよう!」
両手を上げても、ペロの中のお屑さまはふーっと回っているだけだ。
――うるさいとは何事じゃ! わしの言葉は全て知の塊であるぞ! は! 大きいのが一つ増えた! これは、ジュスタじゃな! 初めて会うたぞ。光栄に思え!
「はい、ジュスタです。お会いできて光栄です」
ジュスタがにっこりする。
「お屑さまの特技って輪になること?」
――砂漠で輪になると、くるんくるんと走り回って、目が回るのじゃ!
……あれ? それは特技かな?
竜さまはふわっと鼻息を上げる。
――こやつはこの姿でおるのが、もっとも偉大じゃな。どのくらいそうしておったか?
――いちいち数えておらんな! しかし、何をしても、わしは偉大じゃ!
振り向くと、ニーノが頷く。
「お屑さまはたいへん偉大な竜さまだ。この姿は言うなれば、エレメントに近い。世界中に散らばって、世界の形を確認してくださっている」
そこで、はっと顔を上げる。
「竜さま、申し訳ありません。エレメントの核をお返しするのを忘れていました」
ニーノは白い石を竜さまに差し出した。
……おお? 何か大事そうです!
竜さまはペロリと石をなめとって、飲み込む。
――屑は、今、どのくらいおるのか?
――九百九十九くらいじゃ! 数えたことはないがの!
お屑さまはいま、ろの字みたいになってる。
「えーっと、本当は、九百九十九の集まったお姿ということですか?」
ジュスタが首をかしげる。ニーノが首を振った。
「お屑さまは、かつて人間に九頭竜と呼ばれた首の多い竜さまだ」
なんと!
――人間が滅ぼして世界の形がゆがんだゆえ、身体を裂いて、世界中を確認して回っておる。屑のおかげで、ずいぶん、他の竜と話せるようになった。
「ちょーっぴり庇護があるから、不毛の地も少しずつ良くなってるんだっけ?」
「え? じゃあ、本当に今、狼のお腹の中にいますか?」
海流の中にいたり、砂漠を転がったりしてるってこと?
――童! お主、わしの言葉を信じておらなんだか!
満足そうに聞いていたお屑さまが、急にむきーっと怒る。
――わしはあまねく場所におるのじゃ!
そういえば、何度も言ってた気がする。
――屑は元から頭が多いゆえ、多くを見聞きできる。大したものじゃ。
「――おおお、お屑さま、偉大です!」
――ぽはっ! 遅いのじゃ!
お屑さまはペロの中で、上下逆さまになっている。
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