20.逃げられない!
9/15タイトルを変更しましたが、本文に変更ありません。
――や! これは、いつか谷底にいた水玉ではないか! しかし、思念を持ち合わせておるぞ!
お屑さまはぴこんぴこん激しく動く。
「ペロは最近、邸に来たよー」
水たまりの中のペロは、葉っぱや小石を取り込んだり吐き出したり。とくに困ってなさそう。
「でっかくなっただけみてーだな」
安心した顔で、システーナがペロのわきにしゃがみ込んだ。
こんこん、とガラスの鉢を叩かれて、ペロは一瞬固まる。すぐにリラックスモードになって、ペロがゆらっとシステーナに触れた。
「あ!」
「わ!」
――あば!
瞬く間に、ペロがシステーナの手ごとお屑さまを覆ってしまった。
――大変なことじゃ! 大変なことじゃ!
「こ、こら、ペロ放せ! いたた!」
お屑さまからペロをはがそうとした右手を、ペロが覆ってぎゅっとしたみたい。
――システーナ! お主は手を放すのじゃ! これはわしを招いておるが、お主は招かれておらぬ! しかし、大変なことじゃ!
「――仕方ねーな」
システーナがお屑さまから手を放すと、ペロはお屑さまを覆ってよろよろ水たまりの外に出る。
「おくずさま! 痛くないですか!!」
――なんじゃ、こやつは? 喜んでおる。竜にゆかりの者じゃな? しかし、大変なことじゃ!
さっきまでぴこんぴこんしてたのに、ペロの中ではお屑さまは動けないみたい。
「なんとか吐き出させねーと」
「おくずさま、息できる?」
――わしは呼吸も食事もせぬぞ! わしが己以外の力を借りねば生きていけぬ不完全な竜に見えたか? まったく動けぬが、特に支障はない! しかし、まったく動けぬ! 大変なことじゃ!
お屑さまは、だんだんとガラスの鉢の中に移動していく。なんだか、押し花みたい。
「お屑さま、ペロは竜さまのよだれからできてて、竜さまがすっげー好きなんだよ。お屑さまも竜さまだから、大好きなんじゃねーか」
――なんじゃそれは! 聞いたこともない珍妙な話ではないか! たしかに、こやつから害意はまったく感じぬ。というよりも、何の思念もない! あほうじゃ! これは大変なことじゃ!
お屑さまがぎゃんぎゃん言ってるのに、ペロはすっかりリラックスしてる。
鉢の中では、動けないお屑さまがゆっくりと回ってる。
「……ぶっ! これ、すげえおもしれえ!」
システーナが爆笑して、ガラスを叩いた。
――こりゃ! やめよ! 音が響いておるぞ! まったく何の面白いことがあるか。しかし、動けぬのに見える風景が変わっておる! 大変なことじゃ!
「ペロー! 竜さまが大好きでも覆っちゃダメですよ! 出して!」
――そうじゃ! 出すのじゃ!
ペロがゆっくりと邸の入口へ進み始めた。
むー。ただの水玉は何を考えてるのか、さっぱり分からない。
システーナは立ち上がって、頭の後ろで両手を組んだ。
「しかし、あたしら、ペロに言うこと聞かせたって一回もねーんすよ。ペロが出したくならなきゃ、出さねー気がすんなぁ」
とりあえず、ペロと同じ方向へ進む。
でも、ペロが動きを止めた。急に逆方向へ、さっきの倍くらいの速さで動き始める。
「ペロ?」
「貴様ら、さっきから何を騒いでいる」
邸から、ロープや杭を抱えたニーノが出て来た。どれも貯水槽を補強した道具だ。
ペロを振り返る。
速い! 森の近くの岩へ向かっている。
「おお、ニーノ、良い所に!」
――およ? こやつ怯えておるぞ! 何が起こったのじゃ!
システーナとお屑さまと、どっちの声が先に聞こえたのか分からない。
ニーノが軽く目を見張る。荷物を捨てると、大股にペロを追った。
私も慌てて後を追う。
「ニーノ! ペロがおくずさま食べちゃいました!」
ニーノが、がしっと鉢底をつかんだ。
「ペロ、貴様、何をしている」
ペロが薄く伸びてニーノの手を覆う。
「――あれ?」
不思議な物が広がっていく。
ペロを中心に、空中にスポンジができるみたい。
ニーノは全然痛くなさそう。
「お屑さま、お久しぶりでございます。座の者が失礼いたしました」
――ぽはっ! ニーノではないか! 久しぶりじゃ! わしは初めてじゃが!
ニーノは鉢を持ち上げる。
「お屑さま、申し訳ありません。私もすぐさまペロからお出しすることができません」
――動けぬ以外は支障ない! 案ずるな! しかし、早く出すのじゃ! 大変なことじゃ!
スポンジはどんどん大きくなって、ガラス鉢にかすみ草を生けたみたい。
「なんだ? ニーノそれ、どうなってんだ?」
――ぽはっ! ぽは! こやつも怖がっておるぞ。良い気味じゃ!
「表面積が大きければ、それを覆うペロの圧力は弱まります。多孔の空気を張りめぐらせました」
……どういうこと?
「まーた、よくわかんねーことしてんなー」
システーナも鼻の頭にしわを寄せている。
「お屑さま、竜さまの洞へご案内いたします」
――うむ、しかと案内せい!
まだ身動き取れないけど、お屑さまの声は嬉しそうだ。
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