12.十人いた
今回は短めです……。
「もっていくー!」
竜さまの鱗を頭に乗せて、ニーノを見上げる。
本日の鍛錬担当者は、後ろ手を組んでまっすぐ私を見下ろしている。
「貴様は両手が塞がっていて、森で生きられると思うのか」
「でも、水にうかべたい」
――小さな滝の下を、竜さまの鱗を持って歩く計画もあります。
わくわくでにんまりな顔と対照的に、ニーノの表情は相変わらず冷たい。
「竜さまの鱗は浮くが、貴様が乗った瞬間に沈む」
「なんと!」
――心を読まれた?
鱗が川を流れていく光景が頭に浮かぶ。
しぶしぶ部屋に戻り、鱗を寝台に安置した。
鱗を持って行けなくて大変遺憾だが、鍛錬自体は楽しい。結局、登山みたいなものだ。しかも、顔の近くにつきまとってくる虫や、ジャングルにいそうなヒルにも出会わない。ニーノやジュスタのおかげだろうか?
特に、木登りは好きだった。子どもの身体は軽くて、登るのが簡単だ。大人になって感じた、高さや枝が折れるリスクへの恐怖もない。
こういう気持ちがリセットされるのは素晴らしい。
「ニーノ、エーヴェもまほう使える?」
木に登りながら、隣を見る。ニーノが立つ枝先は、ほとんどたわんでいない。実質、浮いているように見える。
「まほう……飛べるか、というようなことか」
「ジュスタ、金に光ったよ!」
枝に乗り上げて、主張する。
ジュスタが工房で見せた様子は、ニーノのブラッシングとは違うが、ある種の魔法だと思う。
「貴様は子どもだ。成長がまほうのようなものだろう」
「えー」
次の枝に手を伸ばす。
正直なところ、今すぐ魔法が使いたいかと言われれば、そうでもない。日々充実しているし、何より竜さまがいますから。
でも、やっぱり興味はある。
「大きくなったら使えるの?」
「知らんな。私やジュスタと似かよった特性を、貴様が獲得するかなど、私が知ると思うのか」
――将来のことは分からないってことか。
足を引っかけて、枝の上に身体を引き上げる。
「ジュスタもニーノが世話したよね?」
「経験則で話せというなら、大した経験が無い。私が世話するのは、貴様でやっと三人目だ」
ニーノは何も断言する気がないらしい。
そこで、首をかしげた。
鍛錬から戻って、すぐ竜さまのところに走る。
竜さまに報告しながら、背中ボルダリングをした。
頂上にたどり着いて、今日はたてがみに埋もれたまま尻尾方向に下っていく。竜さまの尻尾は長く優美に伸びて、途中からは鱗に覆われていた。先端に一むらだけたてがみがなびいている。
ずるずると鱗を滑って、尾の先のたてがみをつかもうと跳ねた。でも、たてがみはつかめず、尻尾が離れた位置にある。起き上がって、駆け寄ると、ひょいと尾を持ち上げられてしまう。
「りゅーさまー!」
竜さまの尾を追いかけてあっちに走り、こっちに走り――。最後に、一房垂れたたてがみになんとかしがみついた。
――おお、取り付いた。
竜さまが尾を顔に近づけて、たてがみにしがみつく私をのぞき込む。
得意になって、竜さまの見えない角度に移動した。
――おやおや。
私を追って、竜さまは尾の角度を変える。たてがみはブランコのように揺れて、笑いがこぼれた。
揺れるたてがみを伝って、そのまま尾の先に上がり込む。
竜さまの金の目がすぐそこにある。
――達者だの。
誇りで胸がいっぱいだ。
「りゅーさま、エーヴェ登るの好き」
――うむ。
そこで、ふと思い出した。
「りゅーさま、エーヴェ四人目?」
ニーノが世話した人数が三人なら、付き人は私を含めて四人のはずだ。
竜さまは金の目を細める。
――十人じゃ。
ぽかんと目を見張る。
ええぇ?
思わず、指折り数えた。
ニーノの言葉が本当なら……。
「ニーノが、七人目?」
――然り。
ちょっと理解が追いつかない。ここにはどういうシステムがあるんだ?
赤ん坊の状態でここに連れてこられて、育てられている人が継続的にいる?
「なんでここには三人しかいないの?」
もしかして、亡くなった人もいるのだろうか。期間が分からないから、推測できないけれど。
揺らめき立つ金の瞳には、何の感情も見えない。
――巣立ったゆえ。
一人で生きられるなら、ここにいなくてもいいということか。
竜さまの側を離れるとか、私には考えられないけれど。
そのとき、竜さまの左耳がピンと立ち上がった。
――うむ。一人、間もなく戻る。
竜さまの視線を追う。険しい山脈が遠く望めた。
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