19.へりくつ竜
お屑さまは今までに会った竜さまの中で、いちばんおしゃべりだ。身体が小さいせいか、声が高い。早口なのもあって、フィドルみたい。
どう見ても身体の厚みは三ミリもなくて、幅も一センチくらい。ときどきキラッとするから、眼球があるかもしれないけど、全身黒くて見分けがつかない。
まるで紙を燃やした残りカスみたい。
――やはりこの座は涼しくて良いわ! 砂漠はからからで、細まって消える危機であった。その後は大風で、水浸しじゃ。ぽはっ! ぽはっ!
ぴこんぴこんしながら、お屑さまが話す。
ここも熱帯雨林だけど、砂漠に比べればマシなのかな。
「おくずさま、砂漠いた! お骨さまに会いましたか?」
――骨には最近会ってないが、遠目には見たの。あやつはあほうじゃから、砂を蹴立てて走っておった。まーったく、あのくらいばかでないと、砂漠を走って笑い転げるなどできぬわ!
お骨さまが砂煙を上げて走っているのはうきうきするけど、お屑さまの物言いはむっとする。
「お骨さま、あほうでもばかでもないよ!」
お屑さまは三連続で、素早くぴこぴこした。
――何を申すか、痴れ者の童が! 世界でいちばん物を知るのはわしぞ! わしがあほうと言うからには、みなあほうでばかじゃ!
「なんと!」
すごい暴論!
「おくずさま、物知りですか?」
――ぽは! さきほど言うたことを問うは愚かじゃぞ! わしはこの世界のあまねく場所に……ぎゃー!
ぴこんの力が強くて、するっと指に間から抜けてしまう。
「あぶなっ!」
システーナが飛んで行きかけたお屑さまの尻尾を素早くとらえた。
――大風のあとでまだ風が強いのじゃ! しっかり握れと言うたであろうが!
「お屑さまがぴこぴこ動くからじゃねーか」
――ふがー! 無礼な! 口を閉じて声を出せぬであろう! 足を動かさずに歩けぬであろう! わが摂理に反することであるぞ!
お屑さまの上下運動は自然な動きってことかな。
でも、しゃべっている間、ずっとぴこんぴこんされると、おしゃべりが頭に入ってこない。
――エーヴェ! 童! また口が開いておるぞ! うかつな!
はっとして口を閉じる。ぽけーっとしてたみたい。
「おくずさま、邪気ってなんですか?」
――なんと! さようなことも知らぬのか! 貴様の身体は常に邪気を取り入れぬよう動いておるではないか! くしゃみをし、鼻汁を出し、深く入った邪気は熱を放って押し出そうとしておる! その当人が邪気を知らぬとは、珍妙なことよの! しかも、わしに説明せよとは、ぽはっ!
「はいはい、お屑さま、あんまりぴこぴこすんなって。飛んでっちゃ困んだろ」
システーナが左手にお屑さまを持ち替える。
――おお、そうである! 朋友のところまで、しかと案内せい! 意図した方向に移動するのが、お主らの大いなる特技であろうが! まったく、童に関わると無駄口が多くなってかなわぬわ。
むー。質問には答えてくれるけど、ぎゃんぎゃん言われて、分かりにくい。
思わず動きに目が行って、ぼーっとして怒られるループになってる。
「おくずさまは、行きたい方向に行かないですか?」
――何を申すか! わしが行きたい方向は全ての方向じゃ! どの方向へ進んでも、行きたい方向に変わりない!
「え? じゃあ、意図した方向ってなんですか?」
――童、わしのこの美しい身体に、足や羽などが見えるか? 見えぬであろう。つまり、わしの羽は風じゃ! わしの足は水じゃ!
「今はあたしだな」
システーナがするりと合いの手を入れる。
――さよう、光栄であろう! 尊いわしを運びたい物が、世界中にあるのじゃ。わしを招く方向へ進むのじゃ。お主らのように己のために己で動くのとは、器が違うであろう。ぽはっ!
「おおお……」
お屑さまはとっても屁理屈が上手です。
「でも、おくずさま、流れで溺れてました」
――溺れてなどおらぬ! 大変なことじゃっただけじゃ! あの水と木が、わしと一緒にいたがったのじゃ。
「引き留められてたんだよなー!」
――半日ほどじゃったから、あやつらは聞き分けがよい。岩と共に千日を過ごしたこともある!
……ん? もしかして、生き埋め?
「寂しくなかった?」
――何事も経験である。わしが千日動けずとも、他のわしが他の場所に招かれておるから、何の問題もないのじゃ。わしはあまねく場所に……およ! あれは何じゃ!
急にお屑さまがぴーんと伸びる。
いつの間にか邸の前に着いていた。お屑さまがずっとしゃべってたから、すぐに着いた気がする。
そして邸前、行き来で荒れた水たまりの中に、透明の塊がいた。
「わー! ペロ!!」
朝の倍くらい大きくなってる!
水たまりで、水を吸い過ぎたのかも。まだ、頭に鉢をかぶってるけど鉢の中と外のサイズが同じくらいだ。
――わしの知らぬものじゃ! 知らぬものじゃ!
お屑さま、大興奮。
「ペロー!」
「ひーやー、いろいろ起こるなー」
みんなで大きくなったペロに駆け寄った。
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