17.ガラスヤドカリ
今回は短めです。
9/12、加筆修正しました。
大風の中、咆哮があっちから聞こえ、こっちから聞こえする。
竜さまが飛んでいるのかとそわそわするけど、雷の音が怖いので、システーナの膝の上に移動した。
「りゅーさま、飛んでるのかな?」
「強い風は翼を広げただけで飛べるんだって。前に竜さまがおっしゃってたよ」
ジュスタはにこにこするけど、ニーノは少し表情が険しい。
「あまり遠くまで行かれないといいが」
システーナが爆笑する。
「いつだったけー? 楽しくなって砂漠まで飛んでっちゃったことあるもんな、竜さま!」
「あのときは、二日も戻られなかった……」
ニーノは溜め息混じり。ジュスタが瞬いた。
「へえ、そんなことがあったんですか?」
「りゅーさま、大丈夫?!」
システーナを見上げると、しっかり頷いてくれる。
「だーいじょうぶ。おちびがいるから、そんなに遠くまで遊びに行かねーよ」
「そうなの?」
「今朝も一度お話しした。大事ない」
ニーノも頷いたので、ほっとする。
システーナの側は特別あったかい。だんだんうとうとする。
「そーいや、ペロって夜動くんじゃねーの? ずいぶん静かだな」
「ジュスタの器が気に入って、居心地良くしているのだろう」
「だったら、いいんですけどね」
ジュスタがガラス鉢から落ちた布を、もう一度かけた。
いつ眠ったのかは覚えてない。
大風の翌朝、まだ窓はふさがったままだけど、邸の扉が開いていて、食堂に日差しがさし込んでいた。
「お天気になりましたー!」
外に飛び出す。葉っぱや小枝が水たまりに浮いて、空はつやつやの青色だ。
「ああ。大風のあとは空がぴかぴかなんだよ」
システーナが伸びをして、周りを眺めている。
「鍛錬が楽しみだな」
「はい!」
森もきっと、いろいろ変わっているだろう。
「貴様ら、朝食だ。早くしろ」
ニーノに呼ばれて、邸に戻る。
「ほら、ペロにやれ」
朝食後、ニーノから水の入った器を受け取った。
テーブルの上にいるペロを引っ張り寄せようとしたけど、動かない。
「おう……重いです」
ペロは、バスケットボールくらいある。もともと水だから、重い。さらに、身体が収まるガラスの鉢で、四キロくらいあるかも。
諦めて、自分が近づいて水をかけた。
「ペロー、どうですか? お水ですよ!」
ペロにかかった水は、じわーっとにじんで吸いこまれていく。
「……不思議です」
「おや、大きくなってるね」
いつの間にか隣で鉢をのぞき込んでいたジュスタも、目を丸くしている。
ペロの身体は、鉢の縁からあふれ出た。普通の水ならこぼれ落ちているのに、時が止まったみたいで、変な感じ。
ペロはしばらくうぞうぞしてたけど、薄く身体を伸ばして鉢を覆う。ぐるりとひっくり返って、鉢を持ち上げた。
「おおお! カタツムリみたいになったよ!」
どちらかというと、ヤドカリかな?
鉢に身体を入れたまま、ちょっとよろよろしながら移動する。
「すごいね、ペロ。力持ちだ」
にこにこしているジュスタに、ペロは近づいた。
ジュスタの指を透明な膜が包む。
「お! ペロ! ぎゅってしちゃだめだよ」
「やあ、ペロ。俺はジュスタだよ」
しばらくジュスタの指を確かめて、ペロは指を吐き出した。そのまま、リラックスポーズになっている。
「……お? ジュスタが好きなのかな?」
「これ作ったのが誰か分かってんじゃねーか?」
ひょいと顔をのぞかせたシステーナが、ガラスの鉢を指で弾く。
こーんと鳴った瞬間に、ペロはぴたっと止まる。
音の余韻が消えた頃、またリラックスポーズになった。
「音が分かるのかな? ペロー、エーヴェだよー!」
指で触ってみる。でも、ぎゅーっとされるのは嫌なので、つんつんするだけ。
つんつんしてるうちに、ペロはちょっとこっちに近づいた。つんつんする物を探してるのかな? よろよろと揺れながら近づいてくる。
テーブルの端に置いた丸めた拳まで寄って来て、ちょっと触った。
でも、すぐに方向転換する。
ペロはテーブルの縁をたどってうろうろしてる。
テーブルから降りようとしているみたい。
「大丈夫? 重いですよ!」
みんなが見守る中、ペロはちゃんとテーブルの脚を見つけて、地面に降りた。
降りてから改めてジュスタを見つけ、足下にすり寄る。
「ペロは、やっぱりジュスタが好きなのです!」
「そうなのかい、ペロ?」
ジュスタはしゃがんで鉢の底をなでる。
……ちゃんと、なでられてるのかな?
ちょっとの間、鉢をゆらゆらさせてから、ペロは今度は部屋の隅っこに移動を始めた。
意外と素早いけど、竜さまに駆け寄ったときほどじゃない。
壁際で、かつんと鉢を壁に預け、動かなくなった。
「あれ? 大丈夫?」
「ペロー?」
システーナがこんこん鉢をつつく。
「――やめろ。夜行性だと、竜さまがおっしゃっていただろう」
ニーノの声にシステーナが頭だけ振り返る。
「昨夜も静かだったのに、また寝たのか?」
「知らん。しかし、貴様らは鍛錬だ。今日も早めに戻ってこい。片付けがある」
ニーノは大股で食堂を出て行く。忙しそうだ。
「俺は工房を見てきます」
残ったシステーナと顔を見合わせ、にっかりする。
大風のあとの森に、わくわく出発です。
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