15.さまがわり
邸を遠目に見て、びっくりした。
「おお、邸が変わってます!」
窓がすべて、板でふさがれている。いつも納屋の周りに出ている道具たちは、すっかり片付けられていた。
「うわー、ニーノさんに任せちゃったな……」
「まだなんか残ってっだろ」
ジュスタは慌てるけど、システーナは悠々とした足取りで入口に近づく。
台所に入ると、裏口からニーノが桶を抱えて入ってきた。
「ニーノ!」
「戻ったか」
さっと視線を走らせて、水玉の鉢に目を留める。
「これ、ジュスタが作りました」
「竜さまのよだれの子が、あのままだと危ないと思ったので」
近づいていたニーノがぴたりと足を止めた。
「どうしたの?」
水玉を見ると、鉢の中でちょっと縮まっている。
さっきは今にもあふれそうだったのに、今はちょっと水位が下がっているように見える。
「――かけてやれ」
桶を脇に置いて、ニーノが引き出しから大きな布を取り出した。
ジュスタがテーブルに鉢を置いて、布をかける。
しばらく静かだったけど、やがて布がもぞもぞ動き出す。鉢の中に引き込まれていって、水の中でもにょもにょ動く。結局、全部は包み込めなくて、また布が外に出てきた。
「目隠しという認識はないか」
ニーノはさっきの位置から、ちらりとこちらを見て、作業を続ける。
「もしかしたら、ガラスが透けているのを知らないかもしれませんね。壁があるから、ニーノさんから隠れてると思ってるかな?」
「ふっふー、面白いです!」
水玉から吐き出された布は、不思議とぬれていない。
かけ直して、みんなで大風の備えに向かった。
まだ外に残っている細々とした物を室内に運び入れる。軽い物は私も運ぶ。みんなについて行くと、邸内にまだ知らない収納スペースがあって、びっくりだ。
そして、高床式貯水槽の補強。みんな作業が早い。ジュスタと一緒に、せっせとむしろをかけて、ロープを渡すのはニーノの仕事。システーナが、がんがん杭を打ち込む。ロープが杭に、がっちり巻き付けられた。
終わったら屋上に向かう。物干し小屋の中身は、すでに邸の中に取り入れられて、骨組みだけ。屋上に出る扉を、内側から補強する。
「ジュスタ、工房は大丈夫ですか?」
「工房は片付けたんだけど、菜園周りがまだ」
「エーヴェ、手伝うよ!」
「急げ。風が強まってきたぞ」
風で窓の外に張った板がかたかた鳴っている。
「シスさん、排水設備周りを確認して来てもらえますか?」
「しょーち」
システーナは跳んで行ってしまった。
「じゃあ、エーヴェ。一緒に行こうか」
菜園の豆の添え木や、片付け忘れを確認する。
「そうだ。ジュスタ、無茶って何?」
麻紐を結び直すジュスタの隣にしゃがみ込んだ。
「無茶?」
「ガラスの鉢作るとき、無茶しました」
「あぁ。あれはね、吹きガラスのやり方で作ったんだ」
熱したガラスに金属の棒を刺してふくらますんだっけ? 小樽や長崎に、観光できる工房があった気がする。
「無茶じゃない技術って言うのは、ちゃんと手順を知れば、誰でもできるってことだと思う。でも、今回は俺しかできないやり方で作ったから、無茶って言ったんだよ」
「ジュスタしかできない? 魔法?」
ジュスタの拾った置き忘れ桶を、代わりに持つ。
「魔法――ま、そうかな? 俺はね、変化している物の力を強めることができるんだ。……えっと、そうだな」
きょとんとしているのが分かったのか、ジュスタは苦笑する。
「水を火にかけて、わかしているとき、水は熱くなっていってる。その熱くなるのを早めたり、より熱くしたりできるってこと」
「ほー――」
「逆に、お湯がカップに入ってテーブルに置かれたら、だんだん冷めていくだろう? それを助けると……」
「すぐ冷たくなる!」
「その通り」
すごい! とってもジュスタに合ってます。
「特性を活用しないとできないことは、技術だとは思わないんだ」
「ジュスタ、特性は人でもできますか?」
ジュスタが軽く首をかしげる。
「ニーノは空気を固くできます。シスは高ーく跳べます」
「ああ……。ニーノさんが固くしようとしている空気をもっと固くするとか、シスさんがもっと高く跳べるようにするとか、かな? ……そうか、できるかもね」
「ジュスタ、すごいね! エーヴェもはやーく成長する?」
あっはっは、とジュスタは身体を揺らして笑った。
「成長は難しいよ。背が高くなるとか、手が器用になるとか、知恵が増えるとか、たくさんの方向があるじゃないか」
なるほど、そうかもしれない。
ジュスタはまだ面白そうに肩を揺らしている。
「エーヴェは、よく思いつくなぁ」
そのとき、ジュスタが顔を上げた。
ぽつ、と頰に雨があたった。
「もういいだろう。戻るよ」
「はい!」
二人で急いで邸に戻る。
雨はぽつぽつくらいだけど、風が強い。ジュスタのポニーテールがぶんぶん揺れてる。
邸の扉を開けて、思わず、口を開けた。
「わー! きれいです!」
火がたくさん点されて、暗い室内を照らしている。
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