11.ジュスタの工房 三
投稿時間がまちまちになって、申し訳ないです……。
「竜さまの鱗はそこに置いとくんだぞ。それから――、こいつ」
ゴワゴワした服をかぶせられた。顔の前には透明な窓があり、厚い布で身体がすっぽり覆われている。布、だろうか? かなり弾力があって、ゴムにも革にも見える。
宇宙服に似ていて、かっこいい。
「危ないから、ちょこまか動くなよ」
「はい!」
大きな声で返して、石造りの炉に駆け寄る。
うん、この服はなかなか動きにくい。
石垣から身を乗り出す。内側は掘り下げられていて、思いのほか深い。二.五メートルくらい? 五メートル四方が石垣で囲まれ、中央に壺のように上がすぼまった炉が設置されていた。
「これも、ジュスタが作った?」
「うん。ここは湿度が高いから、土台から作らないと熱の調整が難しいんだ。いったん地面を掘り下げた後、粘土と石で組み上げてる。もう見えないけど、地面の下には空気が通る溝がある」
思いのほか、きっちり説明してくれる。
「まずは炉の温度を上げてから、鉄鉱石を溶かす。できる限り混じりけがないものにしたいから、かなりの高温で時間もかける」
「りゅーさまのうろこで、とっても熱いなら、炉はとけないの?」
素朴な質問に、ジュスタは目を輝かせた。
蜂蜜を通り越して、金みたいな目の色になっている。
「エーヴェは、賢いな! 当然、温度が炉にもダメージを与える。ほら、そこ、触ってみ」
自分が乗り上がった石の、内側をなでる。
あれ? と、上をなで、外をなでる。
「内側、すべっとしてる」
「それが竜さまの毛の効果だ。竜さまの毛――とくに鱗と混じり合う辺りの毛で網を作って、岩に載せて焼くと、表面に層ができる。この薄さじゃあたかが知れているけど、三回くらいは溶鋼に耐えるんだ」
「おおー」
「あとは――」
ジュスタが唇に当てた指先を、そのままコーティング面に触れさせる。
――ぅあん。
波紋が広がるように、金色の光が広がって、消える。
――これ、なんだろう?
瞬きしている間に、ジュスタは石垣の内側に飛びこみ、壺型の溶鉱炉に火を入れる。
――ふぁん。
また、金色の光が広がった気がする。
一瞬で、温度が変わった。
まるでサウナのような熱気が、マスク越しに伝わってくる。
「エーヴェはそこから動くなよ」
ジュスタは厳しく言い置いて、炉の世話を始める。
何度も地面に手を当て、鉱石や竜さまの鱗を用意する。
それは、私が知る製鉄とは違った。
溶鉱炉を中心に熱気が渦を巻き、工房の屋根が心配で見上げてしまう。
ジュスタの目が、らんらんと輝いている。気温の上昇にしたがって、その肌に汗が浮かぶ。
鉱石を炉に放り込み、チップ状の竜さまの鱗を火にくべる。しかし、火勢は変わらない。竜さまの鱗はただの火では容易に燃えない。ジュスタは手近の薪を拾って、炉から火を受ける。左手につかむたてがみを、優雅に火に差し伸べて、右手を口元に引き寄せる。
その途端、右手に持つ薪の火が白銀に輝いた。
溶接に使うバーナーに似た閃光に、目を細める。
たてがみに火を移す。熱でたてがみがすくみ、縮れ、そこにうねった身体が現れる。
心臓が跳ねる。
――竜だ。竜の動き。
たてがみを走る火は、竜と変わり、鱗を呑みこんで完全にその姿を現す。
ジュスタが外に躍り出た。
ほぼ同時に、竜の姿をした炎が、轟音を上げて溶鉱炉を中心に燃え上がる。
竜の首が分かれ、炎を吐き、口が裂けて、新しい炎がそこから竜として現れる。
金と朱の神々しい炎――。
ぽかんと口を開けたまま、どのくらいの時間が経ったのか。
竜の姿は消え、炉には赤々と火が燃えていた。
「――明日の朝には鋼が取り出せる。もう脱いでいいぞ。暑いだろ?」
ジュスタは宇宙服を引っ張って脱がせてくれた。
外の空気は熱いが、やはり新鮮な気がする。
「――すごかった! りゅうが見えた!」
想像と違いすぎて、コメントに困る。
「はがねで何作るの?」
すすけた顔のジュスタは、炉を見つめていた視線を落とす。
「つるはしと鍬」
まさかの農具――!
「あと……、エーヴェにナイフを一本」
「え!」
自分用ナイフなんて、わくわくする。
汗をぬぐって、ジュスタが白い歯をこぼした。
「もうすぐ一,六五四日だもんな」
「せんろっ……?」
私がここに来てから、ということか。
――区切りがよくない。
でも、記念をくれるのは嬉しい。
赤い火の粉を吹き出す溶鉱炉を見上げる。
「炉は、もうこれでだいじょうぶ?」
「うん、ちょっと待ってなー」
ジュスタは口の中で何かを呟きながら、じっと炉を見つめる。とても真剣で、祈っているようにも見える。
――ぅあぁ……ん。
振動に合わせて、金色の波動が流れ、幾度か脈動が響いた。
そして、消える。
「はぁあああああああ……」
「うわ! ジュスタ?」
その場に崩れるジュスタに駆け寄る。汗だくの顔が、へろっと笑った。
「これで大丈夫。お腹空くんだな、これが」
「おー」
ニーノが昼ご飯を持ってきてくれたのは、このせいだったのかも。
「じゃ、りゅーさまと夕陽見て、帰ろう」
「そうするか」
へろへろなジュスタを急かして、竜さまの洞に向かう。
邸の入口を通り過ぎるときに、ニーノが作る魚料理の匂いがした。元気づいたジュスタが、肩車をしてくれる。
――竜さまのたてがみが、赤く染まり始めていた。
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