9.ふしぎな水
遅くなりました。
ジュスタの部屋で寝て、翌朝。朝ご飯を食べて元気になったところで、寝室へ竜さまの鱗探しに行く。
昨日と比べて、変わったところはない。赤い目の竜さまモビールは、吹き込む風にゆったり揺れている。
目につくところには鱗がないので、床にへばりついて寝台の下を見た。
「お!」
よかった。意外とすぐに見つかった。
竜さまの鱗が、ふくらんだ面を下にして置かれている。ほっとして、両手で縁をつかんで引っ張り出す。
「あれ?」
半分くらい引っ張り出したところで、気がついた。
鱗の三分の二くらいまで、水が溜まっている。
「なんでかな?」
とりあえず、水がこぼれないように気をつけて鱗を引っ張り出し、椅子を窓辺に運ぶ。椅子に乗って、窓の向こうでえいやとひっくり返した。
「……んん?」
こぼれ落ちるはずの水が、さっきと変わらない位置にくっついている。
鱗を上下に振っても、水は落ちて行かない。
ふくらんだ面を下にして、鱗の水をしげしげ見つめる。人差し指で、ちょんとつつくと、少し弾力がある。ゼリーみたい。
「これ、水じゃないよ」
ぎゅっと押してみる。ちょっと指に力を込めたくらいじゃ、指は水に沈まない。
もう一度、天地をひっくり返してみるけど、やっぱり水は動かない。
「むー! 落ちなさい!」
力任せにぶんぶん振る。
何度目かに、水の表面がぶるっと波立った。
その途端、水は薄くなった。
溜まった水の形から、竜さまの鱗を覆う膜の形に変わる。
「んがっ!」
指も覆われそうになって、ビックリして鱗から手を放した。
「うわっ! うわ! りゅーさまの鱗!」
窓から乗り出して外を見ると、竜さまの鱗が少しずつ移動している。
「大変です! ジュスター!!」
叫びながら、窓枠に足を掛けて座り、ぴょんと飛び降りる。
草の上に両手をついたけど、何とか無事だ。
「なんだい、エーヴェ? どこ?」
「ジュスタ! こっちこっち!」
窓から顔を出したジュスタが、さっとこっちに飛び降りてくる。
「どうしたんだ?」
「この水が、エーヴェのりゅーさまの鱗、取ったよ!」
竜さまの鱗はじわじわ移動している。
ジュスタはさっと拾い上げたけど、その掌に水が膜を張る。
「なんだ、これ? ――うわっ、いたいいたい!」
「大丈夫ですか!」
ジュスタがぶんぶん手を振ると、水の膜は簡単に取れて、草の上に転がる。
「ぎゅーってされちゃった。なんだろう、これ?」
「あ! きっとおばけですよ! 桶やスプーン動かした!」
水はうすーくなって、竜さまの鱗全体を覆っている。
薄くなって運ぶ力があんまりないのか、ゆっくりしか進まない。
「……竜さまの鱗が好きなのかな?」
ジュスタと二人で顔を見合わせる。
鱗にへばりついているのは大問題だけど、攻撃はしてこない。
「――エーヴェ、編み縄があったよね。持ってきてくれるかい?」
「分かった!」
窓を一瞬見上げたけど、入口に走った。
ハスミンが作ってくれた編み縄を持って、戻る。
「ジュスタ、持ってきたよ!」
受け取ったジュスタは、すばやく鱗に編み縄を掛けて持ち上げる。水は編み縄も覆うように見えたけど、薄くなれるのにも限度があるのか、全部は覆えない。
「これで大丈夫だ。竜さまに見せに行こう」
「はい!」
ジュスタが水に触らないように、鱗を器用に縦に持つ。二人で竜さまの洞に向かった。
洞に近づくと、鳴り竹の音が聞こえた。嬉しくなって、洞に駆け込む。
「りゅーさま、おはよーございます!」
鳴り竹に鼻を寄せていた竜さまが、こちらを見る。
――うむ。エーヴェ、どうかしたのか?
「りゅーさまの鳴り竹が聞こえました!」
――うむ。なかなか楽しい。
ふっふっふ。嬉しい。
うぉほっほをしていると、ジュスタも洞に入ってくる。
「竜さま、こんなものがいました」
ジュスタは床に鱗を置く。
「今は薄い膜になっていますが、しがみつかれると痛いのでお気をつけください」
顔を降ろす竜さまにジュスタが告げる。
――何がおるのじゃ?
編み縄のかかった鱗を、竜さまが目を細めて眺めている。
ちょっと珍しいのかな?
ふと竜さまの息がかかったかもしれない。
――む?
「お?」
薄い薄い膜になっていた水が、ぷるんと水滴の形になった。そして、目にも留まらぬ速さで竜さまのほうへ移動していく。
「りゅーさま!」
「竜さま!」
ジュスタは走ったけど、途中で止まる。
水滴は竜さまの前肢の爪にくっついて、止まっている。
膜になってない。頭をくっつけてるみたいにも見える。
――ふむ。どうやらこれは、わしにゆかりの者らしい。
しばらく水滴を眺めた竜さまが言う。
「りゅーさまにゆかりのもの」
――微かに思念を感じる。喜んでおる。
ぽかんと口が開いた。ジュスタもぽかんとしている。
喜んでる?
――それはわしの鱗じゃな。好んでそこにおったのであろう。
この水は、竜さまが好きってこと?
「どうしたらいいのかな?」
「その……危ないものではないということですか?」
――うむ。特に複雑な思考もしておらぬ。
ジュスタと、ほけーっと顔を見合わせた。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




