8.あやしい邸
遅くなりました。
ジュスタがニーノに相談ってなんだろう。
でも、聞く前に帰り着いて、ご飯へのわくわくで邸に駆け込む。
「――お?」
立ち止まった。床にスプーンが落ちていた。
食堂でもない邸の入口には、似合わない木のスプーン。
しゃがんで拾い上げる。
「――エーヴェ、それ」
「あ、ジュスタ! 拾いました!」
手渡すと、礼を言ったジュスタはしげしげとスプーンを眺めている。
「ジュスタ、どうしてスプーンあるのかな?」
「そうだね。どうしてかな? ……まあ、夕ご飯にしよう」
「はーい、はーい! お腹空いた」
今日もトウモロコシ粉のクレープだ。
味付けした豆のペーストを巻いてるから、タコスみたいな感じ。
「ひいたばかりの粉だから、香りがいいだろう?」
ジュスタの真似をして、クレープを鼻に近づける。トウモロコシの香ばしい匂いがして、よだれがわく。
「いい匂い!」
にこにこしながら、ご飯を食べて、使ったお皿を二人で台所に持って行く。
「顔を洗って、寝る準備だ」
「はい!」
台所の裏の貯水槽へ向かう。棚に小さい桶を求めて、首をめぐらせた。
「――あれ? 桶がないよ」
棚のいちばん上からいちばん下まで見て、近くも見渡す。
私用の小さい桶が見当たらない。
「ジュスター、エーヴェの桶ありません!」
「え? お昼には見たけどな……」
困ってジュスタを呼ぶと、一緒に探してくれる。なかなか見つからず、遊びついでに肩車をしてもらったら、貯水槽の上に桶を発見した。
「おわ! なぜ? こんな所にありました!」
貯水槽に登って取ってきたジュスタも、首をかしげている。
「トリやサルなんかが遊んで、持って行っちゃったのかな?」
「おお、そうかもしれません」
サルが桶で遊んでたら、ちょっと楽しい気がする。
るんるん身体を洗ってジュスタを見ると、なんだか考え込んでいた。
「ジュスタ、どうしましたか?」
布を手渡されて、身体を拭く。布を返してもまだ、ジュスタは考えている。
「やっぱり、言っておいたほうがいいな。――実は、最近、こういうことがよくあるんだよ」
「こういうこと?」
ジュスタは頷いて、中に入るように手で示す。
花の香りのお茶を渡されて、長椅子に座って飲む。
ふわっと力が抜けるいい香り。お腹が温まる。
「お腹、ぽかぽか」
お泥さまの真似をしてにやにやしていると、ジュスタも隣に座った。
「さっき邸に戻ったときに、床にスプーンが落ちていただろう?」
「はい。変だね」
「うん。ときどきあんなふうに、置いた覚えのない物が、置いた覚えのない位置にあるんだ。道具や家具が動くこともある」
「動物が入ってるのかな?」
邸はけっこう開放的な作りだから、小さな動物が入るのは簡単だと思う。
「だとすると、まず食べ物があさられるんだよ。でも、何かが食べられたわけじゃない。それに動物は、毛や爪の跡やうんこなんかで分かるもんなんだ」
なるほど。確かに匂いとかもするもんね。
「じゃあ、毛や羽がない、うんこをしない……」
そこまで言って、鼻の頭にしわが寄った。
「――え! まさか、おばけ?!」
竜さまがいる世界は、もしやおばけもいるんだろうか。
ジュスタがにかっと笑う。
「おばけだとしたら、小さなおばけなんだね。動くのは小さな道具だし、動く家具も小さいのばかりだ」
「ええ! おばけは困るよ! エーヴェの部屋にもいますか?!」
ジュスタの服を引っ張って、寝室に行く。
きょろきょろ見回して、あやしいところがないか確かめ……。
そして、問題が見つかった。
「ジュスター! 竜さまの鱗がありません!!」
たとえおばけがいようとも、竜さまの鱗と一緒に寝れば大丈夫だと思っていたのに、肝心の鱗が消えている。
「あぶないです! これは、あぶないです! エーヴェは今日は、ジュスタと一緒に寝ます!!」
「探さなくていいの?」
「探します! ――朝! 朝に探します!」
ジュスタは大きいから、小さいおばけは恐れをなして近づいて来ないにちがいない。
でも、私は小さい。これは、危ない。
ジュスタが家事を片付ける間、側で周囲を警戒する。
「あ! ニーノに相談すること、これですか?」
ジュスタの足にひっついて聞くと、ジュスタは苦笑する。
「そうだ。場所が変わるくらいで、とっても困るわけじゃないけど、なんだか気味が悪いだろう?」
「気味が悪いです!」
一人のときにこんなことが起こったら、とっても心細い。
「あ、りゅーさまは? りゅーさまの洞は大丈夫ですか?」
「うん。竜さまの洞は何もないよ。この邸だけだな。竜さまも怖い気配はないっておっしゃってたから、まあ、心配することはないんだろうけど……」
「むー、あやしいのは良くないです」
くすくす笑うジュスタの足下で、警戒を続けた。
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