7.難儀なこと
だいぶ元気になりましたが、遅くなりました。
竜さまの頭の上で夕陽を待ちながら、お泥さまの座についてお話しする。
「お泥さまの座のみんなは、おどろさまに演奏したり、踊ったりするのです。りゅーさまは演奏とか好き?」
――演奏というのは、皆が音を鳴らす遊びじゃな。あれは不思議じゃ。ときには心地よく、ときには不快だ。
「不快! それはいけません!」
断固、竜さまに不快があってはいけない!
竜さまがふわっと鼻息をもらす。
――人はいろいろなモノを作り出すゆえ、面白い。演奏もその一つであろう。エーヴェが演奏するなら、聞いてみてもよい。
おお、竜さまはやはり寛大なのです。
にやにやして、竜さまの額に寝そべる。
「りゅーさま、エーヴェ、友を得たよ! タタンって言うよー」
タタンの名前の由来や泳ぎが上手なこと、お泥さまと一緒に泳ぐ練習をしたことを話す。
「りゅーさまは泳げますか?」
――泳ぎか。
竜さまは記憶をたどっているみたい。
――わしが浸るほどの水辺が、ここにはないからな。あったとしても、わしは沈むゆえ、泳げるとは言えぬ。
「沈む!」
――かつて海に行ったとき、海の底を歩いたが、さほど楽しいものではない。水は、なにやら重い。
海の底をのしのし歩いてる竜さま、どんな感じかな? 見たいなあ。
「水の中で、息はできますか?」
――できぬ。水は難儀じゃ。
「エーヴェも水の中では息ができません。難儀じゃー」
でも、水の中を歩いている竜さまの横を泳げたら、楽しいだろうなあ。
夢がふくらむ。
竜さまと一緒に見る夕陽は、やっぱり素敵。今日に満足で、明日が楽しみになる。
「りゅーさま、おどろさまのお腹はあの夕陽くらい赤かったよ! それで、明るくなったり、暗くなったりするのです」
――のどかにしておるようで、何よりじゃ。
「お? もしかして、りゅーさまはおどろさまに角が生えたの見たことありますか?」
ルピタから聞いた怒ったお泥さまのことを話すと、竜さまは、ばっばっと笑う。
鳴り竹がからんからん鳴り、とっさに角にしがみついた。
――おお、すまぬ。あやつをそれほど怒らせるのは、難しかろう。
ふわっふわと鼻息が上がっている。
「はい。おどろさまはとってもゆったりでした。怒るところ思いつかないよ」
頭に水草乗っけてるのも、背中に水鳥が止まってたのも、ゆったり瞬きしてるのも、穏やかしか感じない。
「そうだ、りゅーさまの名前聞いたら、りゅーさまが封印したって言ってました」
――ほう?
竜さまの声は、不思議そうだ。
「あれ? りゅーさま、知らないですか?」
竜さまが封印したなら、竜さま自身は知っているはずなのに。
――うむ。封印というのは、力、記憶ごと施す。封印した事実や理由も封印されるのじゃ。
「え? じゃあ、やっぱり、りゅーさまの名前は古老の竜さましか分からないですか」
――そうじゃな。古老ならば、ご存じであろう。
残照が消える空を見て、竜さまが首を降ろす。
――そろそろ夕飯じゃ。ジュスタが来る。
見ると、洞への道をジュスタがやって来る。一度、邸に戻ったみたい。
「ジュスタ! ご飯ですか?」
近づいたジュスタはカゴを手に持っている。
「そうだよ。でも、ちょっと待っててね」
ジュスタは竜さまに断って、背中に乗る。戻ってきたジュスタはカゴを持っていない。
「ニーノさん、目が覚めたときにお腹空いてるはずだからね」
なるほど、ジュスタはとっても優しい。
「じゃあ、また明日ね! りゅーさま」
手を振りながら、邸への道をたどる。
星を見ながら、邸に帰るのも久しぶりだ。
ジュスタと手をつないで帰りながら、竜さまの名前が封印された話をする。
「だから、古老の竜さまに聞かないと、りゅーさまのお名前は分からないのです」
ぶーとふくれる。
返事が返ってこないので見上げると。ジュスタは何か考え込んでいた。
「ジュスタ、どうしたの?」
「ん? そうだね。――封印のことは、ニーノさんには話したかい?」
思い返してみると、ニーノには話す暇がなかった。
「忘れてました。ニーノはとっても忙しかったです」
ジュスタは首をかしげる。ちょっと困ってるように見える。
「んー、これは俺の考えだけど、封印が竜さまの施したものなら、竜さまが思い出したくないことなんじゃないかな?」
きょとんとした。
「名前を思い出したくないって、どうして?」
「さあ、どうしてだろう。でも、封印したものを探すのが、いいのかなぁ……って思ったんだ」
「なんと!」
そうかもしれない。竜さまがいやなことはしたくない。
でも、竜さまにはそれがいやなことかどうか、分からない気がする。
「――おおお、それは難しいです」
「そうだね。ニーノさんと相談したほうがいい気がする」
ぴょんと飛び上がる。
「ニーノが起きたら、聞いてみます!」
跳ねながら道を歩いてると、ジュスタが笑う。
「実は俺も、ニーノさんに相談したいことがあるんだよね」
頭をかくジュスタを見て、首をかしげた。
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