5.いろいろ忘れる
「お泥さまの座は楽しかったかい?」
ジュスタの穏やかな声に合わせて、つないだ腕をぶんぶん振る。
「楽しかったよ! おどろさまは、ゆったり瞬きするのですー! お別れするときは、またおいでって、ぱくーっとしてくれたよ!」
「それはよかった」
「うん! 人もたくさんいたよ! 十三人もいたよ!」
ジュスタは、へえと目を丸くする。
「十三人か……。俺が行ったときより、五人も多くなってる」
「五人!」
ロペやルピタは当然として、いったい誰が来る前かな?
ジュスタが行ったのも、だいぶ前のことみたい。
「あ! お風呂です!」
風呂桶は邸の前に準備されていた。
薬臭いのも前と同じだけど、すっきりするはずだから、るんるんだ。
服を脱ごうとして、はっとした。
「ジュスタ! ハスミンからお土産!」
リュックを開いて、さらにはっとする。
「あれ? これ、鳴り竹じゃないか」
「……ぅわー! りゅーさまへのお土産! 渡すの忘れました!」
ニーノが倒れたから、びっくりして全部忘れた。
戻ろうとしたけど、ジュスタに引き留められた。
「まず、お風呂に入ってから。あとでも渡しに行けるだろ?」
「んー――、はい!」
お風呂がほかほかしてるうちに入らないと、ジュスタが悲しいです。
泥色のお湯に頭までひたって、ごしごしする。
「鳴り竹、エーヴェが作ったのか?」
「そうなのです。ハスミンからのお土産も入ってるよ!」
服を集めて、リュックを拾ったジュスタに言う。
「ジュスタのナイフで削ったよ!」
「そうか。あとでゆっくり見せてもらうから、エーヴェはちゃんと、のびのびお風呂だよ」
「ふぁーい!」
風呂桶から星空を見上げて、手足を伸ばした。
薬っぽい匂いもあんまり気にならない。
幸せ気分でふわふわしていて、いつの間にか寝ていたみたい。
お腹がぐーぐーいってる。
寝台の上。明るい日差しが部屋の中いっぱいだ。
……なんと、もう朝になっています。
「ジュスタ……お腹がすきました……エーヴェ、お腹すいた」
よろよろ食堂に入って、口が開いた。
「おはよう、エーヴェ」
「おはよージュスタ! いい匂いです!」
朝ご飯がテーブルにそろっている。トウモロコシ粉のクレープだ! 潰したイモを包んで食べる。たっぷりお豆のスープから、湯気が上がっている。
大きく切り取られたラオーレをもらって、大満足。
「ラオーレ、おいしい!」
「エーヴェが帰ってくるって聞いたから、ちゃんと取りに行ったんだよ」
「ふふー! ジュスタは立派」
デザートのラオーレを三切れも食べてお腹いっぱいだ。
「あ! エーヴェのリュックは?」
「寝台の横に置いてるよ」
「待ってて!」
椅子を飛び降りて、寝室に駆け戻る。
リュックと竜さまの鱗を取って、食堂へとんぼ返り。
「ほら! ハスミンが編み縄つけてくれました!」
背負える竜さまの鱗を、くるくる回って披露する。
「これで、どこでも持って行けるな」
ジュスタは拍手している。
「そうだよ! あ、ジュスタ、竜さまの鱗は遠くの音を聞かせるんだよ、知ってた?」
「どういうことだい?」
竜さまの鱗を背負っていると、他の人に聞こえないハクビガンの声が聞こえたことを説明する。
「すごいな。後で試してみよう」
ジュスタが感心している。
嬉しくてくるくる回った後、リュックを引っ張り寄せた。
「じゃじゃん! これがハスミンからのお土産だよ!」
きれいな黒の布を渡す。
「ハスミンが染めました! いい色」
「そうかぁ」
ジュスタは風呂敷サイズの布をしげしげ見ている。手触りや匂いも確かめる。
「なるほど、すごいね」
「すごいの?」
ジュスタを見上げる。
「お泥さまの座で、ジュスタは染めるのを勉強しましたか?」
「そうだね。染めることには、いろいろいいことがあるんだよ」
椅子をトントンと示されて、鱗を背中から降ろして座る。
「特にいいのは布が強くなったり、かびたりしなくなる染めだな。ニーノさんの服の染めも俺の服も、ばい菌がつきにくくなる」
「えー! 全然違う色だよ?」
ニーノは黒に見えるくらい濃い藍色、ジュスタは黄色だ。
「そうなんだ。色は違うけど、どちらも植物から来た染め物でね。布を強くしてくれる。でも、ハスミンが得意なのは泥染め。泥と植物を使うから、もっと布を強くできるんだよ」
「ほー――」
ジュスタの蜂蜜色の目を見つめた。
染め物、面白い。
「おおぅ――エーヴェ、ちゃんと聞かなかったです。染め物の大きい部屋は見たけど、タタンと泳ぐ練習いっぱいしたよ」
「タタン? 友達かい?」
ジュスタが首をかしげた。
「そうだよ! エーヴェの友達、ルピタだけど、もう一つの名前がタタンだよ! タタンから教わって、エーヴェ、立ち泳ぎできます!」
「わぁ、すごいな!」
拍手してくれるので、得意だ。
ジュスタはいつもほめてくれます。
「――さあ、エーヴェ。鍛錬に行こうか。早めに切り上げて、竜さまのところへ行こうね」
椅子の上で、ぴょんと跳ね上がる。
「はい! 行きます!」
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