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3.白銀の光

遅くなりました。

 森の上を、風を切って飛んでいく。枝から飛び出してきた鳥に当たらないように身を(ひるがえ)しても、全然速度は落ちない。

 ニーノに抱えられて空を飛んだことはあったけど、こんなスピードで飛んだのは初めて。よく考えたら、浮かび上がるくらいで、あっちに飛んだりこっちに飛んだりしたことはない。

 風の音が耳元でうるさい。

 空を飛ぶのは爽快だろうと思ってたけど、あんまり速いと景色を見る暇もない。

 でも、だんだん木の屋根が遠くなる。竜さまに近づいてるんだ。

「りゅーさま、りゅーさま」

 ニーノの背中の上で首を振りながら、口ずさむ。


 ニーノはスピードをゆるめて、木の上に降りた。

 (せん)(さい)な葉が茂っていて、枝も太くてしっかりしてるのでニーノの背中から降りる。

「腕はしびれていないか?」

 聞かれて、手をグーパーする。

「ちょっとつかれたけど、大丈夫」

 珍しい葉っぱを眺めようとして、気がついた。

「あ、木の実だ!」

「すこしもらおう」

 大きな木に似合わない小さな青い実が、(ふさ)になっている。食べた感じは、ブルーベリーそっくり。酸っぱいのや甘いのが入り交じっている。

「ニーノ、これおいしいです」

「クレの実だ」

「……クレ? くれ! ちょーだいと同じ!」

 おいしくて、ぱくぱく口に運ぶうちに、指がどんどん青くなる。


「よし。そろそろ行くぞ」

「はい!」

 また、ニーノの背中に乗る。すぐに、風の音が耳をなではじめた。

「ニーノはいつから、こんなふうに飛べますか?」

 お泥さまの座にも急ぎじゃなかったら、こうやって飛んでいくつもりだったのかな。

 でも、大変そう。

「覚えていない」

「飛ぶのは、簡単ですか?」

「貴様は走るのが簡単か?」

「お? 考えたことないよ」

「それと同じだ」

 ふぁー。いつの間にか出来るようになることって、そんな感想だろうか?

 ドミティラは練習して身につけた感じだったけど。


 ニーノはときどき休憩で降りつつ、飛び続ける。システーナは一日で着くって言ってたけど、いつの間にか太陽は沈もうとしている。

「エーヴェ、寝るな」

 風の音がうるさいと思っていたのに、いつの間にかうとうとしていた。

「つかまっていないと落ちるぞ」

 ニーノが支えてくれてるけど、風でぐるっとひっくり返って落ちるかもしれない。

 しっかりつかまっても、また力が抜けてくる。

 気のせいか、少しスピードが落ちたみたい。空には星が浮かんでいる。

「お星さまー」

「もう少しだ。なんとか起きていなさい」

「もう少し?」

 ニーノが片腕を前方に伸ばす。

 星空を背景に、台形の山が立っている。

 ぱっと眠気が飛んだ。

「はい!」

 竜さまの洞があるテーブルマウンテンが近づいてくる。

 周りの木の背が高いから邸は見えないだろうけど、竜さまは遠くから見えるかもしれない。

 今か今かと見つめる先に、白銀の光が揺れた。

 竜さまのたてがみだ!

「りゅーさま!」

「まだ声は届かない。じっとしていろ」

 慌てて姿勢を戻す。うっかり手を放すところだった。

 光に気がついてからは、あっという間だった。

 見慣れた景色が近づいてくる。暗いけど、鍛錬の森だ。

 邸には寄らないみたい。まっすぐ洞に向かってる。

 竜さまが羽の側に首を置いて、いつも通りに休んでいるのが見えた。


「りゅーさまー!」

 速度がゆっくりになったので、両手を放して竜さまに手を振る。

 首を上げた竜さまが、こちらを見て驚いたみたいに羽を揺らした。

 竜さま、気がついた!


 ――エーヴェ、ニーノ。


 洞の入口に降り立つ瞬間、ニーノの背中から降りて、竜さまに向けて走った。

 おっきい、おっきい! やっぱり竜さまは大きい!

「りゅーさま! エーヴェだよ!」

 ぴょんと竜さまの胸に飛びつくと、ふわーっと身体が持ち上がった。

 ――うむ。エーヴェじゃ。

「ただいま帰りました!」

 竜さまの瞳の金色が、ゆらゆら揺れている。

 ――うむ。よく戻った。

 ……うー、やっぱり竜さまと離れているのはさびしかった。

 近くにいるのがすごく嬉しくて、涙が出そう。


「竜さま、ただいま戻りました」

 ニーノの声がする。

 首だけ振り返ると、ニーノは深々とお辞儀をしていた。

「長く留守にいたしました」

 ――予想と変わらぬ。うまくいったか?

「はい。できる限りのことは」

 ――うむ。何よりじゃ。

 頭を上げたニーノを見て、変な感じがした。

「……ニーノ?」

 いつも通り無表情だけど、顔色がなんか、……白い?

 ニーノは眉間に、微かにしわを寄せる。

「竜さま、申し訳ありません」

 呟いて、目蓋を閉じた。ぐらっとニーノの身体がかしぐ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エーヴェを気遣って早く、でもエーヴェに合わせて飛ぶ。エーヴェはきっとエーヴェが思う以上にニーノたちに守られ、大事に育てられてるんだなってのが伝わってくる帰路でした。 ニーノ大丈夫かな?
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